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    January 26

    存在しない人

    日本には、ホームレスの方がたくさんいる。
    僕の地元、横浜周辺にもたくさんいる。
    関内の地下通路に夜、足を運ぶと、ダンボールと毛布に身を包んだ
    たくさんのホームレスを見かける。
    この人たちは、僕の目の前にいる。
    しかし、法律的には存在しない。
    日本曰く、
    「この国は世界的にも充実した福祉政策をを実施しているため、そのような方々には、然るべき援助をしている。」
    ということだそうだ。
    では、僕の目の前にいる人たちは、なぜ、真冬にアオカンをしているのか。
    本当に、この国は、現実に目を向けているのか。
     
    先日、青山墓地のすぐ近くに、国立新美術館というものがオープンした。
    敷地およそ14000平方メーター。
    今、この土地は、バブルらしく、一坪、1000万ほどすると聞いた。
    つまり、価格にして、土地だけで1000億前後。
    さらに建物の価格が350億。
    これらは当然、税金から捻出されている。
    さらにこの美術館には、常設展示がない。
    つまり企画展示用の美術館なのである。
    広辞苑によると、美術館とは
    「美術品を収集、保存、陳列して、一般の展覧、研究史資する施設、博物館の一種」
    とある。
    たとえば、北の丸公園にある、東京国立近代美術館には、
    岸田劉生の作品をはじめとした、およそ200点ほどの常設展示がある。
    それに加え、企画展示をしている。
    つまり美術館の定義に合致しているわけである。
     
    日本全国に美術館と名の付いたものは、大小あわせれば、かなりの数に及ぶと思う。
    それらのほとんどは、民間で収集した絵画などを展示している。
    しかしながら、民間では管理できなかったり、入手が困難な作品などもある。
    それらは国が収集、管理して、展示している。
     
    そうなると、国立新美術館は、なんのために作られたのか。
    民間に売却すれば、1000億円の歳入になったはずだ。
    仮に、売却しないにせよ、350億もの金額を投入して建物を作る必要はなかったのではないか?
    日本には800兆円の累積赤字がある。
    なぜ、この期に及んで、赤字を増やすのか。
     
    国に限らず、地方自治体も然りである。
    サンセクで遊園地を作ったり、おおきな公園を作ったり。
    タイムリーな話題では、伊勢崎市の観覧車問題だろう。
    現在、伊勢崎市には、観覧車がある。閑古鳥が鳴いていそうだが。
    その観覧車から1キロちょっとの場所に、新しく観覧車を建設することが決定している。
    ちょっと想像してほしい。
    伊勢崎市は、新宿のように高層ビルが立ち並んでいるわけではない。
    つまり、観覧車に乗って、ゆっくり上昇していくと、目の前に見えるのは観覧車なのだ。
    誰が乗るんだと、僕は思う。
    なぜ、この国は、この国の政治家は、箱物を建てたがるのか?
    誰も住まない議員宿舎、必要の無いダム、挙げればキリがない。
    無駄遣いでしかない。
     
    今、日本は好景気だそうだ。いざなぎ景気を超える、好景気だとマスメディアの報道で聞いた。
    果たして、どれだけの人が実感しているのだろうか?
    賃金が上がるわけでもなく、非正規社員を企業は増やしている。
    僕がよく思うのは、日本国民は、マスメディアに左右されすぎている。
    たとえば、ニュースで、「安倍政権、支持率90%」と報道されたとする。
    これを見聞きしたとき、鵜呑みにする人間が増えていると思う。
    「へぇ、意外だな」とか「大したことしてないのに」とか、思いつつ、信じてしまうと思う。
    要するに、プロパガンダに簡単にひっかかるということだ。
    だから僕は、今、好景気と言われても、
    「それは好景気と言えば好景気になるだろう」というプロパガンダではないかと思っている。
    なぜなら、先日、ドキュメンタリー番組で、とあるホームレスの方の実状が分かったからである。
     
    「働きたくないのがホームレス」というのは、ヒッピーやニートとごっちゃになっている、誤った価値観だと思う。
    まぁ、中には、そういう人もいる。
    以前、関内の地下道にいたホームレスは、ニーチェの本を読んでいた。
    本人曰く、「哲学を究めたら、働くことがバカらしくなった」と言っていた。
    現代の仙人とみるか、弁の立つプー太郎と見るかは、その人次第。
    ただ、確実に働く気はあるのに、働くことができない人がいるというのも、現実である。
    たとえば、アルバイトをしたいと思い、履歴書を書く。
    しかし、ホームレスには現住所がないのだ。
    これだけで、働くことができない。
    住所不定。
    では、住まいを探すとする。
    今度は家賃、敷、礼金、保証人などの問題で、住まいが見つからない。
    この悪循環が永遠に続くのだ。
    生活保護も受けることができない。
    病気になったとき、医療機関にかかることができない。
    若いうちはともかく、年をとれば、日雇いの仕事も減る。
    公園にやっとの思いでねぐらを作り横になっても、バカなガキの襲撃が怖くて眠れない。
    僕は、書いていて、やりきれない気持ちになった。
     
    豪華な誰も住まない議員宿舎を開放すればいい。
    無意味な美術館を作る金があるなら、ホームレスの救済に当てればいい。
    ニートなんて放っておけばいい。現実から逃避しているだけなのだから。
    今、この国に必要なのは、美しさなんかではない。
    そんな形容詞ではなく
    人としての思いやり。
    日本人が、日本人として培ってきた、思いやりの心こそ、
    今、この国に必要なのだ。
    存在しない人
    この言葉が存在しなくなったとき、
    日本は美しい国になれると思う。
    January 23

    ない。ある。

    人生にリセットはない。
    電源もない。
    だから失敗したからといって、
    無かったことにはできない。
    全ての行動に責任がある。
     
    人生にゲームーオーバーはない。
    ジ・エンドもない。
    だから失敗したからといって
    諦めることはない。
    全ての行動を見直すことができる。
     
    人生にはリスタートがある。
    失敗しても、スタートラインをもう一度、
    勇気を出して引けばいい。
    全ての行動は
    自分自身で決めることができる。
    January 22

    ハートが震えた

    1月21日、ようやく待ち望んだ日が来た。
    ブライアン・セッツァー、布袋寅泰、Char。
    僕にとって最高のRockStar、布袋寅泰。
    日本Rock界のカリスマ、ギターの神様Char。
    グラミー賞受賞、ロカビリーの王様、ブライアン・セッツァー。
    3人が、目の前に立っていた。
    そして、魂をギターに込めて、
    僕らに最高の時間を与えてくれた。
     
    Charもブライアン・セッツァーも、生で見るのは初めて。
    テンションがあがりっぱなしだった。
    Charのギターは、ストラトならではの、
    いや、こんなに音が太くて、泣くストラトは初めて聞いた。
    そして、アコースティックギターは、本当に音抜けがよくて、美しくて
    まさに「気絶するほど悩ましい」
     
    ブライアン・セッツァーは予想以上というか、
    あのじゃじゃ馬、グレッチを巧みに使いまわし、
    一音、一音が楽しげだった。
    そして、エンターテイナーだった。
     
    布袋寅泰。
    僕が12歳のときに出逢い、
    それからずっと、背中を見つめてきた。
    ギターを抱きながら。
    その布袋寅泰が
    終始、笑っていた。
    ずっと笑顔で、夢が叶った嬉しさがあふれ出ていた。
    そんな姿を見ていたら、
    「あぁ、生きていて、そしてギターを弾いていてよかった。」
    と心から思った。
     
    僕はこれからもギターを弾き続け、
    夢を追いかけ続け、
    Rock’n’Rollに生きていく。
     
    ありがとう、布袋さん、Charさん、Mr.ブライアン。
    ありがとう、大ちゃん、チャマ。
    そして、
    ありがとう、MySweetHoney☆
    January 17

    百里霧中

    僕が進んでいる道は
    前が見えない。
    濃い霧がかかっていて、
    まったく前が見えない。
    ギターを背負って、原稿を抱え、彼女の手を引いている。
    時々、霧の中から、友人が出てきたり、
    布袋のGIGを見つけたりする。
    向かい風が強くて、
    似たような人が、風に負けて、転がっている。
    目を凝らして、よく見ると、
    遠くに直木賞とか、ノーベル文学賞なんて文字が見えるような気もする。
    道幅が狭いのか、広いのかもわからない。
    一歩先が崖かもしれない。
    それでも歩みを止めるわけにはいかない。
    この道にはゴールなんてなくて
    その代わり、スタートラインなら、いくらでもある。
    霧はかかったままだけど。
     
    ゴールが見えたら
    僕は歩みを止める。
    文学賞は、あくまで通過点に過ぎない。
    といっても、通過すら、危うい道。
     
    僕は
    自分を見失ったり、
    自分のアイデンティティーが見出せない、
    そんな人たちが
    失ったもの、必要なものを
    僕の小説を読んだことで
    取り戻したり、手に入れたという人が
    一人でもいれば、
    それでいいと思っている。
     
    その人の霧が晴れれば
    僕の霧も、少しは晴れる。
    容易ではないけれど。
     
    百里霧中
    いや、千里霧中かもしれない。
     
    遠ければ遠いほどいい。
    それだけ僕の人生には楽しみが待っているということだから。
    さ、歩くか
    January 13

    琥珀の缶詰

    僕は、いつか、今、傍にいる人と、結婚する。
    恋人。
    おかしいな、この響き。
    だって愛し合っているわけだから、恋の段階は終わったんだ。
    けど、日本で愛人っていうと、いわゆる妾のこと。
    いい言葉が見つからないな。
    伴侶が一番、適切なのかな。
    ま、肩書きなんかどうでもいい。
    愛し合っている事実があれば。
     
    そんな僕にも
    忘れられない人が一人、いる。
    今も、その人のことを想うと、胸がくっとなるし、
    たら、れば、が山のように出てくる。
    こんなことを書くと、指を指して
    「浮気者!」
    とおっしゃる方もいらっしゃるだろうけれど、
    以前も書いたように、この想いは極めてプラトニックで、
    下心は皆無なのだ。
    ま、それでも浮気者と言うなら、勝手に言ってくれ。
     
    別に僕は、この人と恋人同士になったわけじゃない。
    僕がただ、片想いをしていただけだ。
    もっとも、本気で想っていたので、
    愛にヒビが入りかけたけれど。
    それでも、想いは募るばかりだった。
    二兎を追うもの一兎を得ず。
    そんな古臭い言葉が、頭をよぎった。
    先人の言葉というのは、時に、身をもって、ありがたさを知るのだと気づかされた。
    だから、僕はその想いを缶詰にして、心の奥底にしまった。
     
    あれから、何年か経ったけれど、
    今でも時々、思い出す。
    缶詰にしたのに、時々、思い出す。
    不完全燃焼で、缶詰にしたのが、悪かったのかな。
    僕の諦めの悪さなのかな。
     
    もう、たぶん、二度と逢うことはない。
    逢ったところで、何も起こらない。
    話すこともない。
    なのに、僕は思い出してしまう。
    そして祈ってしまう。
    「幸せになったかな」
     
    いつか、僕も
    肉体は大地へ、魂は天へ還る。
    その時、この缶詰を取り出してみよう。
    その時、琥珀色になっていれば、
    なんだか安心できる気がする。
    錆びることなく、開かれることなく、
    缶詰、そのものが、琥珀のようになっていれば、
    想いが実った気になれそうだから。
     
    人生、こんな想いを抱く女性が、一人、いてもいいかなと思う。
    愛する人は、ただ一人なのだから。
    愛する人が、ダイヤのように輝いているのは、
    僕の中にある、琥珀色の缶詰のおかげかもしれない。
     
    心配しないでください。
    貴女とすれ違っても、振り返りませんから。立ち止まりませんから。
    ただ、心の中で、「ありがとう」と呟くだけです。
    January 11

    Rockと恋に落ちて

    僕がRockに出逢ったのは、12歳とかそのくらい。
    小学校の高学年だった。
    はじめはB’zとかを聞いていたんだけど、
    ある日、布袋寅泰の「さらば青春の光」を聞いた。
    すごくシンプルなRockで、聞きやすかった。
    そしてある日、ラジオを聴いていたら、「POISON」が流れてきた。
    強烈なベースのイントロ。
    歪んだギター。
    「あぁ、これがRockだ。僕が探していた音楽はこれだ。」
    直感的にそう感じた。
    次の日には、CDショップで「POISON」を手にしていた。
    何度も、繰り返し聞いた。
    今だから、わかるけれど、
    当時の僕にはイントロがベースで始まってるなんてわからなくて、
    本当に未知の世界だった。
    何より、布袋寅泰がどういう人かわからなかった。
    だからTVでその姿を見たとき、僕は、
    「Rock’n’rollやってる人ってかっこいいなぁ」
    と、純粋に思った。もちろん、今も変わらない。
    僕は5歳のときから、ずっとエレクトーンをやっていたんだけれど、
    あの日から、ギターに興味が湧いた。
    ずっと憧れの楽器だった。
    そして17歳のとき、念願かなって、フェンダーのストラトを手に入れた。
    左利きの僕には選択肢がそれしかなかったんだけど、
    今では、いい選択をしたと思っている。
    しょぼいアンプを買って、シールドをつなぐ。
    自分のイメージでは、
    「ギャーン」と歪んだ音が出ると思っていた。
    だってエレキギターだもん。
    でも、出なかった。というか、音すら鳴らなかった。
    とりあえず、TAB譜を取り出して、「POISON」のリフを弾いてみる。
    いわゆるオクターブ奏法なんだけど、その時は、まだ知らない。
    指が痛いなぁとか思いつつ、リフを弾いていると
    音が出るようにはなった。
    けど、何かが違う。
    ギャンギャンではなく、ペケペケみたいな音が出る。
    悩んだ。
    「あの音はきっともっと上手くならないと出ないんだ」
    なんて思ったりした。
    でも、一向にギャンギャンした音が出ない。
    不思議なもので、そうなると、あれだけ欲しかったギターなのに
    あっという間に熱が醒めた。
    しばらくほったらかし。
    それから半年後くらいに、エフェクターの存在を知った。
    「ディストーション」と「オーヴァードライブ」
    このエフェクターを使うと、音が歪むということが分かった。
    年明け、お年玉を握り締めて、楽器屋へ。
    BOSSのコンパクトエフェクターを買った。
    家に帰って、恐る恐る、つないで、音を出してみる。
    「ギャーン」
    あの感動は忘れない。
    その日から、僕は布袋寅泰のコピーを必死に始めた。
    「ソロは弾けないから、リフからいこう。」
    いつか弾けるようになると信じて、リフを弾きまくった。
    布袋寅泰のGIGにも足しげく通った。
    そしてフレットを凝視していた。
    コードやスケールは一つも知らなかった。
    ただ、ひたすら、布袋寅泰のリフを弾きつづけた。
     
    あれから、今年で9年目。
    高校でクソバンドを組んだりもしたけど、
    今は一人。
    Jam友達がいるから、それでいい。
    今では、コードもスケールも基本は押さえた。
    あの頃に比べれば、布袋寅泰のレパートリーも増えた。
    布袋寅泰に限らず、hide、ウルフルズも弾けるようになった。
    布袋寅泰のGIGには、毎回、足を運んでいる。
    今でもフレットを見つめてしまうけれど、それは少しだけ。
    GIG全体の雰囲気を楽しむようになった。
    今週末から、布袋寅泰のツアーが始まる。
    今回は、Charとブライアン・セッツァーを迎えてのVS形式。
    ギターやってる人間にはたまらないGIG。
    僕は1月21日、横浜アリーナで、その瞬間に立ち会える。
    生きていて、ギター続けていて、よかったと思う。
     
    僕の人生の半分はRockと共にある。
    好きなアーティストを挙げればキリがなくなる。
    そのくらい、Rockに惚れている。
    時々、彼女がRockにやきもちを妬く。
    そんな彼女もRockを愛する一人になった。
     
    Rockと恋に落ちたおかげで、僕は、
    一度きりの人生を満喫する勇気をもらった。
    自分の感情を表現する手段を知った。
    友情の大切さを知った。
    絆の大切さを知った。
    いや、
    生き方そのものを教えてもらった。
    ありがとう、Rock。
    愛してるよ。
    これからもよろしくね。
    January 08

    What Is Rock?

    Rock、それはかっこいいもの、かっこいいこと。
    音楽のみならず、スタイルであり、生き方である。
    そこに介在するのは、
    自分自身だけで、
    自分の感性を全開にして、そこに自然とひっかかってきて
    自分の価値観の基準になる。
    そこには宗教も、思想も無い。
    Rockには右も左も、神も仏も無い。
    あるのは、欲求と、衝動と、義と、抵抗。
    自分に価値観を押し付けてくる人間に抗い、
    自分の迷いを断ち切る術であり、
    何より快楽をもたらす。
     
    Rock、それは痛みを伴う。
    自分の傷をさらけ出すこと。
    それに同情なんて必要なくて、
    本当の孤独の意味を知る。
    本当に苦しいとき、悲しいとき、寂しいとき、
    自分自身で乗り越えることを知る術。
     
    いつの日か、自分がRockを愛してきたことが間違っていなかったと、
    自分に負けることなく、
    今日、こうして生きている現実に感謝できる心を持つことのできる日が来て、
    それが得がたい幸福だと気づいた日、
    Rockの道を歩んできてよかったと思うことができる。
     
    Sex Drag Rock’n’roll
    それは過去の戯言。
    自分に厳しく、人に優しく、馬鹿が付くくらい、お人好しで、
    自分が傷つくことを何よりも恐れていても、
    他人を傷つけるよりはマシだと思えて、
    どこまでもストイックに生きていける精神。
    その精神を磨くために出逢ったRock。
     
    僕は、こうして、誰の目にも触れず、
    言葉を紡いでいるけれど、
    無駄だとは思わない。
    誰かが、悩みを抱えて、自分の未来に不安を抱いて、
    僕の拙い、この文章を読んでくれるかもしれない。
    そして、何かを感じてくれるかもしれない。
    そう思って今日も僕は、言葉を紡ぎ続ける。
    自分自身のためにも。
     
    そう、Rockには答えなんてないのかもしれない。
    いや、答えはある。
    ただ、それは、僕が人生を終えるその瞬間まで分からないんだと思う。
    今はただ自分のRockを信じている。
     
    世の中に溢れている情報。欲望。争い。
    大事なことは、自分にとって、どの情報が必要で、
    どれだけ欲望を抑えることが出来て、
    世界の争いが、どれだけ悲しいことなのか、目をそらさないこと。
     
    この国は平和だ。平和ボケしていると言われるくらい。
    平和でいることは、悪いことじゃない。
    平和は、恒久的なものではない。
    自分に何が出来るか、考えることが大事なんだ。
     
    そのためのツールが、Rock。
     
    僕はギターを奏でて、歌を口ずさみ、小説を書いている。
    日本人でよかったと思う。
     
    こうして、自分の考え方が形成されたのは
    Rockに出逢えたから。
     
    僕にとってRockはすべての原動力。
    Rockに出逢えたから
    大切な友人を得た。
    大切な伴侶を得た。
    家族を愛する気持ちが生まれた。
     
    自分を信じること。
    相手を信じること。
    社会の矛盾に気づくこと。
    弱者に手を差し伸べる勇気。
    様々なことをRockから学んだ。
     
    もし、この僕の言葉に、何かを感じてくれたなら、
    僕は幸せだ。
     
    無論、これは僕にとってのRock。
    だから、貴方は貴方なりのRockを探してほしい。
    孤独を恐れないで。
    貴方がRockと出逢えたなら、
    いつかその孤独は報われるから。
     
    貴方にとって、2007年、
    涙より、笑顔が溢れる年になることを祈ります。
     
    今年もよろしくお願いいたします。
     
    What Is Rock?
    それは自分で探そう。
    僕のRockが貴方に合うとは限らないから。
    自分の感性を磨いて
    笑える明日を作ろう。
     
    Rock Is My Life