しんたろう's profile一途バカPhotosBlogListsMore ![]() | Help |
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October 31 閉幕宣言第二回一途にバカ騒ぎ『下克上、上洛。山が動いた…?』は本日、この時間を持って閉幕いたします。
一途バカを立ち上げて2年。
飽きっぽい僕がこうして続けてこられたのは、
daenyさん、tsubomiさんをはじめとした、
読者の方がおり、
そして、様々な声を届けてくださるからこそです。
本当にありがとうございます。
一途バカのコンセプトは「言葉で遊べ。言葉でRockしろ。」というものです。
根底に流れているのは、読者の方を楽しませようという思いがあり、
時に考えさせてみようと思ったりもしています。
一途バカという僕の造語は、僕自身の性格と、小説家になってやるという精神をこめたものです。
反骨心からつけた名前が、こうして愛されていること、光栄に思います。
これからも一途バカは続いていきます。
小説家になった後も、ずっと続けていこうと決めています。
ここが僕の原点だから。
祭りはこれで終わります。
いつもバカ騒ぎしていたんじゃ、伝えたいことが伝えられないし、疲れちゃうので。
僕自身、これからとても忙しくなります。
が、ここをおざなりにはしませんので、ご安心を。
寝る時間を削って、時には命削ってでも、思ったことを綴っていきます。
そして未来へ言葉を紡いでいきます。
本当にありがとうございました。
下克上より、感謝と愛をこめて。
一途にバカ騒ぎ『下克上、上洛。山が動いた…?』
Plesented By 下克上
Epic 下克上 daeny tsubomi
Picture tsubomi 下克上
Photo 下克上
SpecialThanks 六道珍皇寺 V・V daeny tsubomi クラゲ 読んでくれた全ての人。
(敬称略)
ありがとう。 一途ぶらり旅『柴又、浅草、人情旅2』さてゑびす屋さんを出た僕らは
浅草に向かうために柴又駅へ。
行きに寄った駄菓子屋へもう一度入り、柴又モンチッチのストラップを買いました。
そしてここで邂逅。
僕は『おしどりミルクケーキ』というお菓子が小さい頃から大好きなのですが、
じつはむかーし一度だけ食べたことのある味が。
それは『ブルーベリー』
まだ国分寺に住んでいた頃なので3歳になる前だと思うのですが、
僕はウルトラセブンの再放送を見ながら、これを食べていたんです。
そしてその後、二度とブルーベリー味のミルクケーキに出逢うことはなかったのです。
僕の職場でもミルクケーキは売っているんですが、ブルーベリーは無く。
もしかしたら今で言うご当地モノかなぁなんて思っていたのですが、
なんと!見つけました!
じゃじゃーん!
2つ買っちゃいました。へへ。
駅前へ戻ってきて、一服しようとしたところで、恋人のタバコが入ったポーチがない…。
僕が最後に見たのは、寅さん記念館を出たところ。
恋人はとりあえずゑびす屋さんまで戻って確認。
その間、僕は寅さん記念館へ電話を。
ない…。
恋人が土手に忘れたかも…と言うので、急いで土手へ。
恋人は念のため寅さん記念館へ。
僕は土手へ。
あったんです。土手に。
しかも親切な方が近くの手摺にビニール袋で括りつけておいてくれたんです。汚れないように。
僕は自分のことより嬉しかった。
世知辛い世の中とか、嫌な世の中とか言うけれど、
こんな優しい、親切な人がいるじゃないか。
寅さんのような人がここにはいるんだ。
それが僕は嬉しかった。
もちろん、恋人も喜んでいました。
拾ってくださった方、本当にありがとうございました。
土手から戻るとき、恋人が『なんだか無駄足踏ませてごめん』というので、
僕は
『無駄足なもんかい。ちゃんと見つかったし、しかも人の優しさに触れることができたじゃん。無駄じゃないよ。』
恋人に言ってあげた。
そして東京とは思えないほど綺麗な夕陽に感動した。
柴又の周辺には高い建物がないおかげで、夕陽が綺麗に見えた。
夕陽に照らし出される住宅街は、日本らしくて、男はつらいよに描かれている世界そのものだった。
改めて僕は将来、ここに住みたいと思いました。
そして柴又を後にした僕らは浅草へ。
花やしきに行きたいなと思っていたのだけど、
ちょっと寝坊したので、今回は見送り。
でも、浅草の看板はどーんとお出迎え。
思わず『BackStreetsOfTOKYO』が頭の中で流れ出す。
仲見世は外国人や修学旅行生で相変わらずの賑わい。
僕が仲見世に来た理由は舟和の芋羊羹を買うため(おかしばっかり買ってる…)
前にも書いたとおり、僕は舟和の芋羊羹が大好物なのだ。
横浜でも売ってますけど、何か?
浅草寺はライトアップされていていつも美しい。
五重塔は京都にも負けない。
本日2回目のおみくじを。『吉』が出てほっとしましたよ。
お参りを終えてから、ふと横を見ると、なんだか小屋がいろいろ出ている。
なんだかおもしろそうな空気を感じたので、行ってみると『当たり屋』があるではないか。
当たり屋ってのは時代劇とかに出てくる、弓矢をぷすっと撃って的に当てる遊び。
スナイパー下克上と恐れられいる僕は早速、挑戦。
果たして平成の那須与一になれるか?(相変わらずオーバーだなぁ)
ふっふっふ…当てましたよ。ど真ん中ではなかったけれどね。
賞品はなんと花やしきの招待券。やったー。
しかも最終日で店じまいということで、なんと恋人の分もくれたのだ。
またも人の優しさに触れた。嬉しいなぁ。
来月、行こうっと。
そのまま他の商店街を僕らはウロウロ。
昔のソフビを置いているおもちゃ屋さんを覗いたり、
マルベル堂でブロマイドを見たり、
ふらりとゲーセンに入ってみたり。
で、ひさびさにUFOキャッチャーで景品をGet。
ジャジャーン!エイリアン!
前から欲しかったんです。エイリアンのフィギュア。
高さ約30センチでリアル。よく見ると頭、脳みそが透けてます。
素敵です。素敵すぎです。
しかもこれ、100円で取れたんす。
ちょっと持って帰るの大変だった…。
こうして僕らはゆっくりと下町を堪能して、日々の疲れをリフレッシュしたのであります。
もうすぐ一途にバカ騒ぎも閉幕。
明日はグランドフィナーレです。
みなさん、遊びに来てくださいね。
下克上でした。
一途ぶらり旅『柴又、浅草、人情旅』皆さん、こんにちは。
一途にバカ騒ぎ、いよいよ明日で最終日。
本当に盛り上がっているので、皆さんには感謝してもし足りないです。
さて、最終日を控え、昨日はぶらり旅へ。
地元から電車で1時間半。
やってまいりました、葛飾、柴又。
『兄さん、達者だったかい?』
寅さんはいつもこうして出迎えてくれる。
去年のお正月以来です。
本当は今年のお正月もここに来る予定だったんですが、
思いっきり風邪をひきまして、流れ流れてこの日になりました。
柴又駅から帝釈天の参道へ。
途中にある駄菓子屋で柳沢慎吾ちゃんのブロマイドを買う。
以前、来たときは無職プーだったもので何も買えなかったのである…。
そしてこのブロマイドは癒しと元気をくれるので、すごく欲しかったんである。
へへへ。あばよっ!
…とと、まだ始まったばかりだった。
今日のメインは寅さん記念館なので、まずは帝釈天こと題経寺へお参り。
恒例のおみくじにも挑戦。
『凶』…(没)
先日、清水寺では大吉だったのだが、運気が変わるのは早いものだなぁ…。
僕はおみくじを集めているのですが、さすがに凶は…。
というわけで結びつけた…ら、切れた(がっちょーん)
ま、油断するなという戒めとして肝に銘じておきました。
帝釈天から歩いて10分もかからないところに、寅さん記念館はあるのです。
目の前は江戸川の土手という素敵な場所。(ここからの眺めを写真に撮ればよかったな)
と、ここにも寅さんがいるじゃないですか。
どうやら看板を直してるみたいです。
分かりづらいので拡大。
頼まれたのか、自分で壊しちゃったのかは、わからないけど。
中に入ると、そこには『くるまや』が。
元々は大船の撮影所に置いてあったのだけど、
閉鎖に伴って、ここに移築したもの。
つまり実際に寅さんやくるまやのみんなが、ここでお茶を飲んだり、団子を売ったり、喧嘩をしたとこである。
ぷいと寅さんが上から降りてくるような気がしてしまった。
そして寅さんと記念写真をぱちり。
いい男だなぁ、やっぱり寅さんは。
足元にも及ばないや。
平日でわりと空いていたので、ゆっくりと腰掛けて名場面を見たり、
寅さん検定をやってみたりと(もちろん上級前門正解)
男はつらいよをゆっくりと楽しめた。
寅さんの全財産や、衣装などもあって、すごく寅さんという人の愛を感じる。
驚きなのは寅さん埴輪。
寅さんのような帽子をかぶっている埴輪なんだけど、顔も似ている。
そしてこれが発掘されたのが渥美清さんの命日という、なんだかご縁を感じるものだった。
外に出ると秋の西日が眩しかった。
おや、こんなところに寅さんの雪駄が。
男はつらいよのDVDセットが発売されるのだけど、
寅さんのカバンに入っているセット、その名も寅んく。
お値段、20万円。
誰か、買ってくれませんか?(爆)
またおいでーとお見送り。
また来まーす。
帝釈天の参道に戻った僕らはお買い物。
まずはおなじみ高木屋さんでお団子を30個。
保存料などが入っていない昔ながらのお団子はその日のうちに食べないとダメ。
僕はお団子大好きなのでモリモリ頂きます。
次に買ったのは立花屋さんのおせんべい。
甘いのを買ったらしょっぱいのも買わないとね。
おしょうゆと塩おかき、にんにくを買いました。
にんにくせんべいは、ガーリックトーストみたいで美味い!
そしてちょっと遅めのお昼ご飯をゑびす屋さんで頂く。
天丼と鯉のあらい。
久々に食べた鯉のあらいはやっぱり美味い。
天丼もなかなかでありました。
このゑびす屋さんは、草団子を最初に作ったお店でもあり、
また、昔は宵庚申のために旅館も経営していた老舗。
とても風情ある建物になってます。
お腹が膨れたところで、後半へ続きます。 October 27 ゲコクジョウ・コードにかなもら
にかにつなこちのちてら
んらみしいのなすいかい
ちすにきちからなちきらつちにもちとな
しちいみんとちみ
かとなこらもにとちみくい
ちにてらのらもいかい
きいのらのなまんらな
ヒント
僕は頭を下げながらこれを書いています。 一途Love『年上の女性』10月もあとわずか。
盛り上がっている一途にバカ騒ぎもあと少しで閉幕です。
思えば去年、初めて一途にバカ騒ぎをやった時、
『ネット上で文化祭みたいなもんができたらいいなー』と思っていました。
真面目なことを書いたり、写真を載せたり、絵画を載せたり、実行委員と恋仲になったり(爆)
だから今年はその思いが実ってとても嬉しいです。
実行委員がいないんで恋には落ちませんでしたが(爆死)
素敵なファンに囲まれて、幸せです、本当に。
おっと、祭りはまだ続くぜ。
今回はおなじみの恋愛ネタです。
僕はどういうわけか、年上の女性にしか魅力を感じない。
今まで惚れちゃった女性はみ~んな年上だし、
実際に実った恋も(極めて少ないっすけど)年上の女性との恋だ。
なぜだろう(知らねぇよ)
周知のことだと思いますが、現在の恋人も僕の4つ上です。
恋人23あたしゃ19の時でした(お互い年取ったね)
気がついたら、あっちゅうまにお互いアラサー(男は言わないよ、普通)
そしてもっとも多忙な年を過ごしている(今までが暇すぎたんじゃい)
なんだか今日はかっこが多いな(ツッコミたい感じなの)
僕がどうして年上の女性に惹かれるのか、ちょっと考えてみた。
まずはやっぱり奥ゆかしさなんだろうな。
僕はどうもキャピキャピした女性がダメ。
『やだー超可愛い!見てーあれも超ラヴリー!あ、ねぇねぇこれすっごいキュートじゃない?』
こういうのがダメ(分かりづらいですかね)
こういうテンションについていけないというか、どうしていいかわかんないんである。
例えば休みの日の会話がこういう女性は苦手。
『ねぇねぇ今度の休みどっか行こうよ~!ディズニーランドは?水族館は?映画でもいいよ?あ、買い物も行きたい!
あ~でもたまには温泉とかいいかもー。あ、南の島なんてどう?ねーどっか連れてって~』
書いてて鬱陶しくなっちゃったよ…(汁)
こういう感じの女性は若い方に多い。
どっか連れてってーって言うくせに
『じゃあラドンセンターは?』とか言うと、
『やだっ。そんなダサいとこ』
とかなんとかぬかしやがるんである。(極端やっちゅーの。例えが)
じゃあおめぇはどんなんならいいのか?
こんな感じ。
僕『今度の休み、どうしよっか?』
女『んー…二人でのんびりしたいかな。』
これですよ、これ!バンバン(机叩く音。机ないけど)
まず二人でって単語が入っている。そして『のんびり』という気遣いと程よい希望が入っている。
こんな風に言われたら、僕だって男です。
『のんびりかー…たまには買い物して映画でも観に行こうか』とか
『のんびりかー…じゃあこの間言ってた温泉、行ってみる?』とかいう気になるんですね。はい。
一緒に時間を過ごしたい。それが最優先。
この奥ゆかしさをわきまえている女性が僕は好き。
結婚を前提でお付き合いしたくなる。
この奥ゆかしさはすなわち安定感をこちらに与えてくれるし、
こちらもまた相手に安定感を与えることができるのである。
だから年上が好き。
次に挙げるとすれば、理解。
若い女子というのは、自分が一番でなければ気が済まんもんなんじゃ(なぜに年寄り口調なのだ?)
趣味<自分、仕事<自分、友人<自分。
とにっかく恋人である自分を最優先してもらわないとダメ。
もしも趣味や仕事を優先しようものならば、あの迷台詞が出てくる。
『○○とあたし、どっちが大事なのよ!』
仕事ならまだしも、趣味を優先しようものならば
『ギターとあたし、どっちが大事なのっ!』と下手すりゃ涙ながらに訴えられてしまうだよ。
もしそんな迷いごとを僕に言ったなら答えは簡単。
『ん…。ギター。』(我ながら身もふたもない、血も涙もない男ですな。ははは)
『小説とあたし、どっちが大切なの?』
『小説。』
『自分とあたし、どっちが大切なのよ!』
『自分』(爆)
周知のとおり、僕は趣味人間ですし、小説は本腰を入れているわけで、
そこを邪魔されたりすると、もう本当に迷惑でしかないんですね。(すっげーワガママ@)
年上の女性は男の趣味をわかってくださる方が多い。(下克上リサーチ。あてにならねぇ)
だから僕は年上の女性に惹かれてしまう(強引じゃね?)
まだ挙げるなら…えーと…んーと…
…やっぱり夜の営みに関するところでしょうかね(結局、下ネタかいっ!)
なんちゅーか、やっぱり上にも下にもなりたいじゃないですか。
ある程度、わかってらっしゃるのは、お姉さんなんすよ(いくつの時の考えだ、これ?)
上になりっぱなしは嫌なの、あたしは。
だから程よく経験のあるお姉さんがいいの。(経験豊富なおねいさんはお断り)
と、まぁ8割くらい冗談で書いてみましたが、実際、僕は年上の女性にしか惹かれないんです。
理由を聞かれたら、こう答えるしかないです。
『好きになった人がたまたま、年上だっただけ。』
と。
恋人もたまたま、年上だっただけですから。
大事なのは中身です。はい。 一途エロ『純白の柔肌』俺はようやく君のその頑なな殻を脱がすことになった。
君はいつもそうやって自分の体を隠している。
俺を突っぱねる。
そんなところが可愛いのだけど。
ゆっくりと姿を現した君の白い肌は透き通るようだ。
部屋の明かりを反射して光ってすらいる。
俺はその姿を見ただけで半ば恍惚としながら
改めてじっくりと眺めた。
柔らかそうな肌。
弾力のありそうな体。
艶やかなライン。
俺の視線に照れるでもなく君はただじっとしている。
そっと手を触れると、かすかに揺れた。
ほのかにその体は濡れていた。
俺はゆっくりと君に近づき、そっと口づけをしてみた。
ぷるんとした肌は俺の唇を程よく拒む。
そんな君の目はすっかり潤んで俺を待っている。
そっと手を添えて口づけし、舌でつついてみると
君の白い肌はかすかに揺れていた。
言葉には出さないけれど、君も相当、堪えている。
俺は君を想って優しく秘部を口に含んだ。
ほのかな汗の香りと濃厚な君自身の味で僕はめまいを起こしそうになった。
口に含んだまま、しばらく君を味わう。
こんなに素晴らしい味覚があったことに感動すら覚えた。
俺は意を決して、俺のそれと君を一つにした。
クラクラするほどの香気で君は俺を壊していく。
俺もそれ自身で君を壊していく。
そして君が果てるまで、何度も何度も応えるんだ。
さっき食べた、ゆで卵の話。
え?秘部ってなんだって?
白身(爆)
俺のそれって何だって?
口(爆死)
帰ってきたのは1時。
色気のいの字もありゃしないよ。まったくもぅ。
October 26 バカフォーラム『捉え方』冷めた人間にもっとも不要なもの。
Rock。
僕にとってRockは生き様。
時に抗うことであり、煮え湯を飲むこと。
辛酸を舐める覚悟もあるし、針のむしろで寝る覚悟もある。
その代わり時が来たら豪放にやらせてもらうし
誰にも邪魔はさせない。
僕は思う。
もしあなたが一途であることを棄てた人なら
Rockに心を惹かれることはない。
もしあなたが魂を棄てた人なら
僕の言葉は空虚だと。
あなたが大切な人を捨てるに至った経緯を僕は知らない。
自分の魂までをも捨てたのだから、不本意なものだったのかもしれない。
あなたが捨てたのは
立ち向かうことなのではと思う。
辛いことと真っ向からやりあうこと。
あなたは戦うことを好まなかったのかなと思う。
結果としてあなたは今、平和。
平和には代償がつき物なのだろうか。
何かを捨てた対価が平和であるなら、
世の中の人の多くは心に平和を感じているはず。
けれど違う。
僕は思うのです。
もう一度、あなたの中でかすかな産声をあげているものを
信じてみたらいいと。
齎された平和を飛び出してみればいいと。
Rockを愛する、あなた自身のために。
daenyさんからの寄稿を元に。
下克上
バカフォーラム『考え方』人の感情は表裏一体、常に相反するもの同士が介在している。
何かを好いていれば、反吐が出るほど嫌いなものが生まれ
何かに安心を得れば、何かに不安を覚えさせられる。
誰かに優しくなればなるほど、誰かに対して氷河のように冷たくなる。
これはごく自然なことだと思っている。
モノは書き方、言い方であって
先に肯定的なことを書いて、あとに否定的、ネガティブなものを挙げるから
なんだか自分が不安定に感じてしまう。
反吐が出るほど嫌いなものがあるから好きになれるものがある。
不安になるからこそ、安心を求める。
凍てつく冷たい感情を持っているから、情熱的な優しさを与えることができる。
こうするだけでずいぶんと楽になりはしないだろうか?
そんな簡単なものではない。
というのはごもっとも。
ただ、あなたは自分でも認めているから。
『人が好きなようで嫌いで
明るいようで根暗で
優しいようで優しくない』と。
本当に分からなくなっていたら、こんな表現はできないと思うのです。
たぶん、あなたは『本当の自分がどちらかわからなくなる』というような意味で仰ったのだと思います。
これが、本当のあなただと思います。
揺れながら、考えながら、悩みながら、歩いている。
綺麗事でも何でもなく、ただ純粋にいいと思います。
極端で不安定な自分に辟易しながらも
生きているから。
そんな自分を愛せているのだから。
そして愛する人がいるのだから。
僕は決して強い人間ではないです。
ただ、あなたのその言葉、その想いで強くなれたのです。
だから僕はこれからたくさんの人に恩返しがしたいですね。
そして想いをたくさんの人に伝えたい。
大事なことに気づいて欲しい。
そう思います。
tsubomiさんからの寄稿を元に。
下克上 October 24 バカポエム『P』Polestarを見上げる
Pornostarの眼差し
Pureだったあの頃
Poorだったあの日
Punkをいつも聴いていた
Pocketには
Pennyと夢
Pinkの頭で闊歩した
Photographに四角い空をおさめ
Pistolsに憧れていた
Past全ては昔のこと
Pissくそったれな今
Pianistのような指使いで
Pussyをただ刺激し
Peckerのように腰を振る毎日
Prisonerのような日々
Poisonが光っている
Primitiveな欲求
Privateはどこにある?
Penを手に取り綴る
Prideを取り戻すために
Promise自分へ誓う
Prime自分を信じること
Personalを確信する
余談
さっき書き上げた原稿をアップしようとしたら
PCがフリーズ…。
というわけでまたも意味不明な散文で(爆)
でもこれまたけっこう大変だったり…(苦笑)
意外とPで始まる単語って多いのね(笑)
バカフォーラム『正夢』こんばんは、下克上です。
皆さんは「正夢」というものを見たことがありますか?
些細なものから、虫の報せまで色々とあると思いますが、
まぁ人間、悪いことは忘れがちだと思うので(僕がそう)
ここでは僕が見た「正夢」の話をしちゃおうかな。
僕が初めて「正夢」を見たのは、18の時だったかな。
不思議な話ですが、夢を見る前まではまったくわからなかったことが、
夢を見た直後に解決したのです。
当時から僕はちゃきちゃきのギター小僧だったわけですが、
僕はその当時、ある曲が弾けずに困って悩んでいたのです。
弾きたかったのはhideの『ROCKET DIVE』
まぁ大抵のギター小僧がそうだと思うんですが、譜面は読めないんですね。
だからTAB譜というギター用の譜面を見て弾くわけです。
ちなみにTAB譜というのは、ギターのネックに見立てて線が6本弾いてあり、対応する弦のフレット番号が書いてあるので、
一目で押さえる場所が分かるという便利なものです。
で、まぁTAB譜を見ながら色々な曲に挑戦していたわけですが、
どうにもこの『ROCKET DIVE』が弾けない。
TAB譜通りに押さえているのだけれど、音が合わない。
『プリントミスじゃないのかしら…?』
そう思ってか~なり悩んでいた。
そんなある日(夢だから夜だべとか言わないように)
夢の中の僕はギターを弾いていた。
そしておもむろにチューニングをぐいぐいといじったのである。
と、次の瞬間、僕のギターから(正しくはアンプだべとか言わないように)
弾きたくても弾けない『ROCKET DIVE』のイントロが!
そこで僕はハッと目が覚めた。
そして気づいたのである。
『まさか、本当にチューニングなんじゃ…?』
hideの曲は半音下げや全音下げといったKeyを調整する曲が数多くある。
ただ、そういう曲は譜面の最初に大きく書いてある。
なので改めて譜面を見てみると…
6弦のところに『D』とある。
6弦の音は『E』
そう、これはこの時、知るのだけど、ドロップDというチューニングだったのである。
しかしもう少し大きく書いておいてほしいもんである…。
夢に見たおかげで、僕はドロップDに気づき、『ROCKET DIVE』を弾けるようになったのだ。
これが最初の正夢。
たぶん、hideが力を貸してくれた気がする。
正夢その2は19の時。
今回は特に悩みもなく(実際は人生の修羅場だったんだが…)
ただ普通に夢を見た。
その夢というのは、僕が当時、通っていた高校の先生と話をしているというもの。
ただ、その先生というのがなぜか布袋寅泰と知り合いというか、仲良しで、
布袋寅泰に逢わせてくれるという夢だった。
まぁ当時から僕は布袋寅泰の猛烈なファンだったから、夢に見ることもあるかなぁと思いつつ、
今までにない妙にリアルな、親近感のある布袋の夢だったなぁと思いながら、
PCをぽちっとな。
メールを立ち上げて新着メールを見るとなぜか『hotei.com』からメールが来ている。
まだメルマガのようなものもなかったし、どうしてメールが来たのかなと思い、開いてみると…
『おめでとうございます。hotei.comスペシャルイベント、ご当選です!』
というような内容のメール。
読んですぐに僕は思わず声に出して喜んでしまった。
なぜなら、このイベントは布袋寅泰とチャットができるイベントだからである。
まだ今のようにメンバーシステムをとっていなかったので、当時としては画期的だった。
そして僕は布袋寅泰とチャットしたのである。ほんとに。
ツアーレポートまで書かせてもらった。
あの時、僕は布袋さんに感謝の言葉といつか追いついてみせますという宣言をした。若さだね(汁)
あれ以来、布袋さんはガンガンスピードを上げて、次々に夢を叶えていく。
僕はというと、なんだか何一つ叶っていない気がするけれど
諦めない。
いつか布袋さんに出逢った時、「夢を叶えました。」
そう言う日が来ると信じている。
小説家になった自分の夢というものは見たことがない。
見たいとは思わない。
夢の只中にいれば、夢を見る必要などない。
そんな暇はないのだから。
だから僕は頑張ってるのです。はい。
**** tsubomiに 映る 下剋上 ****勝手な想像で下剋上さんのイメージイラストを描いてみた どこかシニカル どこか寂しげ どこか儚く それで深くて繊細 そして、一途 女性的な感性を持ちながら男らしくもある 不思議なお方 とても不器用であちこちぶつけながら それでもめげずに頑張ってる 強いなぁ、と思う 私がギターを始めたのも下剋上さんから大いに触発されたから すごい影響力です(笑) 時々、私は自分のことが分からなくなる 人が好きなようで嫌いで 明るいようで根暗で 優しいようで優しくない 極端で不安定で掴めない自分に辟易しながら 何度も見失っていた でも人ってそんなもの 誰だってそうだよって 突き放すでもなく、当り前のように受け入れてくれる 見えない優しさで包んでくれる 言葉に魔法をかけられる人 想像の翼を持った人 そんな人です このブログに遊びにくることは、私の日常になっている きっと続けることは、力になる 蜘蛛の糸はどこまでも広がって たくさんの人が、留まっていくことでしょう 希望を持って、ね! ちなみにイラスト似てないと思いますけど^^; ロマンティックな男には満天の星空が似合う、ってことで(笑) 以上、tsubomiより October 23 バカイラスト『トレードマーク』バカポエム『バカの頭ん中』星空を闊歩する堕天使
上弦の月
竪琴に仕立てて奏でる女神
地上を蹂躙する死の舞踏
嘲笑う人の子
せせら笑う神の子
下弦の月
ギロチンに仕立てる預言者
神の子の首を刎ねる
罪人の放蕩
善人の贖罪
抗う無知
穢れた無垢
誘う乙女
拒む背徳者
愚かなる賢人の
賢しい導きにて
世はまとまらん
魔羅の根元で悟りを開かん
華の蜜は全てを無に
いざ求めん
狂おしき性の饗宴
October 20 一途。一途になる ということ
あたしは二年前に彼を捨てた。大切なだーりんだった。 彼から教わったことは多い。人生のブルー。世界観。音楽。本。優しさ。セックス。我慢。 あたしは、彼と一緒に自分の魂を捨てた。 そしたら、すごく身軽になって、何をしていても楽しくて、辛いことなどなくなった。 一途だったあたしは、いない。 平和とはなんだろう。こころの平和。 それは、捨てた者だけに存在する。 一途で居られる…なんて素敵なんだろう。 あたしは、大切なモノを捨てた罪のため、一途になれる自分を失った。 代わりに齎された平和は、どんどんあたしを蝕み、あたしはだんだん感じなくなる。何も。 でも、あたしはそれでいい。 それが、あたしであるにちがいないから。 一緒に騒げないけど、皆様の盛大なる一途バカ騒ぎをお祈り申し上げます。
daenyさんより、頂きました。どうもありがとうございます。
布袋X東大寺X下克上六道珍皇寺をあとにした僕らはタクシーで京都へ戻った。
ここで昼食。
五右衛門のパスタで夜に備える。
ちなみに食べたのはいつものやつ。
京都駅の地下街は横浜や東京と何も変わらない。
いいか悪いかはこの際、言うまい。
一応、この辺りでファンの方が僕を発見するのではないかという
淡いバカな期待を抱く(爆)
一服してからいざ、奈良へ。
快速「みやこ路」で約45分。なんと単線であった。のどかでいいね。
車窓から見える景色はまるで田舎の宮崎のよう。
広がる田園風景。柔らかな午後の日差し。のん…び…ぐぅぐぅ(寝落ち)
気づいたら奈良だった(汁)
そして元気にお出迎え。
やー逢いたかった、せんとくん。やっぱりかわいいな。
僕は好きだ。うん。
バス乗り場で東大寺に行くバスを待つ。
若干、布袋柄の方が多い。
というかほとんど布袋柄をばばーんと身に着けてらっしゃる。
ちょっと…恥ずかしい。
僕はというと、缶バッチだけなので。
だっておかしいでしょう。清水寺に布袋柄は。(いや、上下レザーもどうなのよって感じですけどね…)
ライヴというのはいわば祭り。晴れの舞台。
日常に祭り半纏が似合わないように、街中で布袋柄がゾロゾロいるってのはちと浮く。
東大寺に着いた僕らは鹿をよけつつ、グッズ販売コーナーへ向かう。
お目当ては御香セット、布袋柄金太郎飴、ストール、ロングスリーブT。
行列に並んでいると修学旅行生が異様な集団をじろじろ見ていた。
無理もない。逆の立場だったら見る。んで目を合わせないようにする(笑)
しかし並んでいる間に御香セットが売り切れ、金太郎飴も売り切れてしまった。
もう少し用意しておいてほしかったなぁ…。
開演まで2時間近く、僕らは東大寺の横でタバコを吸いつつ、のーんびりしていた。
まったく予想がつかないライヴ。ただワクワクして期待に胸を膨らませて時を待った。
とっぷりと日も暮れて、すっかり冷えてきた。
ハートの温度だけが上昇していく中、ついに開演。
↑大仏殿の門
生まれて初めて見る大仏様。なんと大きなこと。
長い歴史をその目で見てきた大仏様。すごいなぁ。
最初にステージに出てきたのは、東大寺の僧侶の皆さん。
声明を上げて荘厳な空気を醸し出す。
非常に貴重な体験である。
秋の澄んだ夜、心の中がすーっと澄み切っていく感じがした。
人生二度目の声明だが、時にはこういうもので心を無にすることも大事なんだ。
そして布袋さん満を持しての登場。
まずは『新・仁義なき戦いのテーマ』でテンションを上げると、そこから先は、
地球をイメージしたセットリストで自然界の悲鳴を、嘆きをぶつけてきた。
H・R・カオスの超越した舞踏は狂っていく精霊のようだ。
スティーヴエトウのパーカッションとレナードエトウの和太鼓が近未来と過去のぶつかり合いのようだ。
布袋のギターは時に激しく、時に悲しく響き渡る。
そして圧巻だったのは中丸三千繪さんの歌声。
世界で認められたオペラ歌手の声量とはこんなにも素晴らしいのかと鳥肌が立った。
空気が震えるのだ。
その声は精霊の嘆きのように時に空気を切り裂いた。
布袋のギターと重なればそれはもはや『声』ではなく、ひとつの楽器。
名曲『ハウリング』では心が震え、涙が出た。
そして絶対にやってほしかった『STARMAN』
星空の下で聞くなんてロマンティックすぎる。
僕らは地球人なんだと実感させられた。
時々、星空を見上げたり、大仏様を見たり、目を閉じたり。
こんなに心地のいいライヴは今までなかった。
そんな中、布袋さんが14年前の東大寺を回想した。
ユネスコ主催のイベント『AONIYOSHI』
布袋さんはここでマイケル・ケイメンと交流を深め
そしてhideと交流を深める。
二人とも星になってしまった。
早すぎる死。
布袋自身、一度はあの世に行きかけた。
だから、星になった仲間たちへ、そして今を生きる僕らへ
『命は燃やし尽くすためのもの』を奏でた。
僕はhideを想うと涙が止まらなくて
空を仰いで嗚咽を漏らしてしまった。
hideもマイケルもきっと布袋の姿を見ていたはずだ。
こんなに鳥肌が立って感動させられたライヴはなかった。
布袋さんだからやってくれた。
長い年月、じっと人を見つめ続けてきた大仏様の前で
僕は『生きる』ということの意味を布袋さんのRockを通じて改めて感じた。
帰りのバスに乗るため、京都に戻らなくてはならない。
だから最後の曲が終わると同時に僕らは東大寺を後にした。
今回、京都に来てよかった。
出会いがあった。
発見があった。
愛を感じた。
そして自身の夢を叶える強さをまた身に着けた。
旅は人を賢くするとはよく言ったものだ。
一途バカ、今まで以上にバカになります。
今回は時間の都合でファンの皆様とはお会いできませんでしたが、
次に行く時は、必ず時間を作ります。
そして直接、伝えたいのです。
『いつも読んでくださって、ありがとう。』
と。
では、引き続き、一途にバカ騒ぎをお楽しみください。
邂逅、小野篁さて、清水寺を後にした僕らが向かったのは
六道珍皇寺。
ここには小野篁がいるのです。
『誰?』
と思う人も多いでしょう。
何しろこの人、教科書には出てこないのですが、凄まじい賢人だったらしいのです。
というのは、昼間は官僚、夜は閻魔大王のところで役人と昼夜問わずに働いていた、というか
あの世とこの世を自由に行き来していたと言われている人。
安部清明に勝るとも劣らない超人である。
僕は12年前から、ずっとここに行きたいと思っていたのです。
清水寺から歩いておよそ15分ほどの場所に六道珍皇寺はある…はずなんだけど
迷う(汁)
建仁寺を通り過ぎ、六波羅蜜寺を通り過ぎ
近くにあるはずの東山警察署を通り過ぎ
歩くこと30分。
ようやく見つけました。
住宅街にひっそりと佇む小さなお寺。
しかしここにはとんでもないものが眠っているのです。
六道というのは、以前ここにも書いたことがありますが、仏教の教義にある死後、行く場所。
ここ六道珍皇寺はこの六道の分岐点である六道の辻が境内辺りであることから、冥界への入り口などとも言われています。
というのは、この六道珍皇寺が鳥辺野に至る道筋にあり、この地で野辺の送りをしたことに由来するようです。
もう一つ、理由があるのですが、それはまだ秘密。
ちなみに平安時代、鳥辺野や化野といった辺りで風葬が行われていました。
さて、この六道珍皇寺の秘密。
それは小野篁があの世に行くための場所であったのです。
どうやって行くか。
それはこのお寺にある井戸からあの世に向かったのです。
そしてその井戸は今もあるのです。
もちろん近づくことはできないのですが、遠めに見ることができる。
(写真はデジカメに入ってます。がインストールソフトをなくしたのでアップできないんです…)
では、皆さん、これから見せる小野篁像、よく見てみてください。
光の加減で少々、分かりづらいとは思いますが、
袂がなぜか上に向かって広がっているんですね。
なぜ普通に立っているのに、袂が上に向かって広がっているのか?
僕は初めてこの像を見たときから気になっていました。
「もしかして、あの世に向かって落ちている最中なのでは?だから下からの風を受けて、袂が広がっているのでは?」
と、ずーっと思っていたのです。
見れば見るほど、不思議ですね。
ではここで小野篁という人について少し説明を。
父は小野岑守。この人は参議だったので、わかりやすく言うと、閣僚です。
つまり篁は閣僚の息子。
篁自身は嵯峨天皇に仕え、武芸はもとより、学者、詩人、歌人でもありました。
そして篁もまた参議になるという鬼才です。
ただ天才ゆえというやつか、奇行もまた多く「野狂」と呼ばれたりもしていました。
そしてついには嵯峨上皇の怒りに触れて、隠岐に流されてしまうのです。
しかし、先ほども書いたとおり、この人が鬼才と呼ぶにふさわしいのは、
隠岐に流された後、都に戻り、参議になるからなのです。
当時、流罪になった時点で将来などというものは終わったも同然なのですが、
この人はそこから這い上がってきた。
そして、夜は六道珍皇寺の井戸からあの世へ行き、
閻魔大王のもとで役人をやっていたのですから、
凄まじい知力と生命力を持っている辺り、清明よりもすごいかもしれません。
↑六道珍皇寺の閻魔様
さて、僕が長年、気になっていたのは
1.篁の像は本当に浮いている姿、もしくは落下中の姿なのか?
2.六道珍皇寺の井戸が入り口なら、地獄から戻ってくるときはどうやって戻ってきたのか?
これが気になっていたのです。
実際、あの世に通じる井戸の説明書きには『入り口』としか書いていないので、
どこかに出口がなければならない。
と、どこからかおばちゃんを引き連れた観光客の一団が。
ドライバーがガイドをやっているようなのだが、
まず井戸がないところを指差し、井戸があると言い張り、
入り口の井戸を指差し、出口と言わはりました。
無茶苦茶やね。まったく。
僕はというと、先ほどからご住職らしき方が焚き火をしているので、
思い切って声をかけて、上の質問をしてみた。
まず出口なのだが、これはまったく別の場所、大覚寺の近くにあったのだそうだ。
現在は畑か何かになってしまっているらしいが、確かに7つの井戸が明治時代まで残っていた。
この7つという数字が非常に興味深い。
六道であれば6つでいいのに、7つある。
これはもしかすると極楽にも通じていたのかもしれないとご住職は仰っていた。
僕も7つあるというのは、死を超越していた篁の専用通路みたいなものかなぁと思った。
そして質問2はずばり僕の予想通りだった。
僕の質問に対し、ご住職はまったくそのとおりですよとのこと。
篁があの世に着地した瞬間を捉えているのだそうだ。
長年の疑問が自分の解釈と一致している喜びというのは、なかなか心地よい。
しかし同時に新たな疑問が。
となると、一体、誰があの篁を作ったのか?ということだ。
あの世に行けるのは篁だけで、その姿を見ることができたのは、あの世の住人だけではないか。
だとしたら、あの姿を誰が見て、どのようにして木像にしたのか?
新たな研究の始まりだ(大げさかしら?)
ご住職のお話によると、篁という人は非常なまでの天才であったらしい。
また歴史的にも間違いなく存在した人物である。
おそらく安倍清明と肩を並べたであろうと。もしかすると清明を超える人だったかもしれない。
また安倍清明と同じように母親が謎に包まれている辺り、超人の所以につながるのかもしれないとのことだった。
あの世伝説のきっかけはおそらく隠岐に流されたにも関わらず、参議という重職に返り咲いたあたりから、生まれた話ではないでようかと仰っていた。
確かにその才を腐らせるための流罪に遭いながら
より磨きをかけて帰ってくるというのは常人には不可能である。
僕は改めてこの超人に興味を持ったし、もっと注目されるべきだと思った。
ご住職はお忙しい中、通りがかりの僕にしっかり説明してくださって本当にありがたかった。
長年、夢見た六道珍皇寺での篁伝説の実証ができたようで、本当に感謝しています。
残念だったのは、なんと9月までこの伝説の井戸のそばに行けたこと。
京都夏の旅という企画で六道珍皇寺の寺宝と共に、井戸も公開していたのだそうだ。
まったく知らなかった…。
ちなみにその時、プロのカメラマンが篁像を撮影したのだが、
不思議なことに全てダメだったそうな…
何かの力が働いているのだろうか…
帰り際、少し前のものですがよろしければ…とパンフレットを分けてくださった。
おかげでこの記事が非常にスムーズになっています。
そして小野篁のお導きを感じました。
改めて六道珍皇寺の皆様にお礼申し上げます。
次は千本閻魔堂にも行こうと思う。
ここの閻魔様はおそらく日本一ではないかというほどに怖いのである。
こうして下克上の上洛は目的を無事、果たしたのであった。
次はいよいよ東大寺ライヴレポートです。 バカ散策@清水寺夜行バスに乗り、横浜駅を23時40分に出た。
目が覚めるころには、京都…のはずだが。
バスの中が寒い。
バスの中は狭い。
眠れない…。
うつらうつらを繰り返し、ようやく早朝7時前に京都に到着。
ろうそくをかたどった京都タワーがお出迎え。おいでやすぅ。
まずは京都タワー浴場でひとっ風呂。
ま、禊みたいなものである。
綺麗な体で向かったのは清水寺。
とりあえずうどんを食べて、坂を上る。
横浜もなかなか坂が多い場所なんだけれど、京都はもっと多い。
上下レザーの僕は汗をかきかき清水寺へ。
清水寺に着いてまずは胎内くぐり。
真っ暗な中を手摺頼りに進んでいくと、梵字が。
本当に真っ暗で驚いた。
まるで僕が今、進んでいる小説家への道のようだった。
だが進んでいればいつかきっと、光明が。
だから僕は進んでいく。
歩みを止めたら、光はいつまでも見えてこないから。
胎内くぐりを出たところで、おみくじを。
僕は全国各地でおみくじを引いて集めているので。
結果はなんと大吉。
幸先のいいスタートに足が軽くなる。
境内を歩きながらあの舞台へ。
清水の舞台からは京都の街が一望できた。
今から12年前、確かに僕はここに立った。
あの頃は自分がどうなるかなんて考えてもいなかったけど、
無事に今日まで大した怪我や大病もせずにいられたことを感謝した。
しかし改めて見ると圧巻である。
釘を一切使わずにこんなにも大きなしっかりとした建物を作る日本人の素晴らしさ。
ただ、ただ感動。
(ケータイで写真撮るの忘れました…)
音羽の滝でちろっと並んでお水を頂く。
どこぞのおばちゃんが僕をガン見していた(笑)
境内にアテルイの石碑を見つけてちょっと感動。
アテルイというのは坂上田村麻呂と戦った蝦夷のリーダーだ。
最後は処刑されるも、その勇敢さに敬意を表した田村麻呂が石碑を建てたのだそう。
こういうささやかな発見というのは、民俗学とかをかじってる僕にはたまらん。
清水寺を出ると、おなじみのみやげ物店が軒を連ねるあの道へ。
12年前、サザエボンTシャツを買ったバカは僕だ(爆)
新撰組の鉢巻を買ったら、頭がデカくて結べなかった(爆死)
でも12年前に買った小さな信楽焼きの狸。これは大事な宝物。
しかもなんとこれを買ったお店がまだあった!
こういうのは嬉しいよね。
そしておなじみの聖護院八橋で栗入りのおたべを買ってから、
三年坂、二年坂へ。
三年坂ですっ転ぶと三年以内に死んでしまうので、さりげなくビビりながら平静を装う(笑)
三年坂ですっ転んだ人は、生命保険に入るとどうなるんだろうか…などと不謹慎なことを考えてみたり。
京都らしい風情漂う町並みをゆっくりと歩く。
はんなりとね。
しかし…暑い(汁)
よく京都には四季がない。暑いと寒いの二季しかないなどと冗談で聞くけれど
あながち冗談ではないのかもしれない。
紅葉にはまだまだ早かったけれど、緑燃ゆる京都の山々というのも、いいものですね。
さて、清水寺はここまで。
お次は僕のメイン、六道珍皇寺です。
ここで貴重な体験が。
では、次へGo!
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