しんたろう's profile一途バカPhotosBlogListsMore ![]() | Help |
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March 29 傲慢の行方チベットで起きた暴動は世界に飛び火している。
当たり前だ。
だが、50年前と対応は変わらない。
中国を非難はすれど、チベットを救済する行動はどこもとらない。
以前、ここに綴ったが、辛亥革命の際、チベットが軍事侵攻された時も、
非難はすれど、行動はどこの国もとらなかった。
結局、チベットは「国」だったにも関わらず、中国の一方的な支配を受けて「自治区」となってしまった。
どこの国も救いの手を差し伸べはしなかった。
以前、綴ったので詳細は省くことにする。
チベット人が暴動を起こし、それがすぐに沈静化すれば、
それは一部の人が、例えば過激派のような人たちが起こした行動なのだろう。
しかし、今回は鎮圧された。
字のごとく、力で抑えつけた。
力を用いたということは、対話が通用せず、また長引くと中国にとって極めて厄介であることの証明に他ならない。
今回の暴動は扇動者がしたかもしれない。
だが、扇動して事態がここまで大きくなるということは、
やはりそれだけチベット人が中国政府に対して不満を抱いている証だ。
ダライ・ラマ14世は非暴力を訴えている。
ふるうことも、ふるわれることも望んでいない。
しかしこうして暴動が起きたのだから、チベット人がどれだけ抑圧されているか改めて考えた。
そしてそれを大きな武力で抑えつけ、何もなかったようにすましている中国という国の傲慢さを改めて実感した。
中国の傲慢は今、ここにきて世界中から反発を食らい始めている。
にもかかわらず、表立った抗議をしないのは、中国という国がなければ経済が乱れる、
言うならば中国市場依存症が先進国にあるからだ。
人件費の安さや土地の安さに世界中の大企業が相次いで中国に工場を作り、
大きなマーケットを作った。
もし、今、このマーケットが消えると、先進国の経済は大打撃を食うことになる。
そのために、中国に対して表立った抗議をしないでいる。
日本も含め、結局は自分の国が最優先なのである。
中国もそれをわかっているから、今回のようにプロパガンダを実施する。
まるで軍閥政治のようですらある。
いつまでこの傲慢を押し通すのだろうか。
そしてこの国がなぜ国連常任理事国であり続けられるのか。
結局のところ、全てはミリタリーバランスとマーケットの規模がモノをいう。
例え無差別に殺戮を繰り返していようと、
例え弱者を虐げていようと、
関係ないのだろう。今の世界は。
もっとも、日本に至ってはすでに崩壊寸前。
野党が阿呆なおかげで
首相が無能なおかげで
空前の混乱。
見るべきものを見る余裕などない。
実に情けない限りである。
怠慢の行方、あまり見たくはないものである。
春の一日先日、恋人と上野へ行ってきた。
恋人が「どうしてもナスカ展に行きたい!」
というので、博物館好きの僕も行くことにした。
が…
すでに終わっていた(汁)
テンション激落ちの恋人を僕は動物園に連れて行った。
心地よい春の正午、上野の山は桜が見事に咲き乱れていた。
ほぼ満開の桜を前に、恋人のテンションも戻り、ほっとした。
平日ということもあって、酔客なんかはいなくて、
まぁ人はたくさんいたけれど、ゆっくり桜を見ることができた。
動物園は子ども連れでとても賑わっていた。
恋人と上野動物園を訪れたのは、実に8年ぶりである。
ズーラシアにしかいないと思っていたオカピがいたりして、ちょっと驚いた。
そして生まれて初めて、動いているパンダを目の前で見ることができた。
何度も訪れてはいるのだけど、いつも遠くにいたり、奥で寝ていたりして、ちゃんと見たことがなかったので、いと嬉し。
ゆっくりと動物たちを見て回っていたら、色々と驚かされた。
白くまってデカイなぁとか、マレーグマは人間みたいだなぁとか、
ゴリラのたくましさ、ゾウのち○ち○は本当に鼻と変わらないなぁとか(笑)
そしてやっぱりカバはかわいい。
水の中をすいすいと泳いで、ぴょこんと顔だけ浮かべて耳を動かす。
そしてもう一頭のカバを押さえつけてじゃれて…あれ…沈めてる…?
…交尾してました。春だもんなぁ。
その写真をプロフィールの写真に使う僕である(笑)
ふれあい広場でヤギやヒツジを撫でていたら、後ろからヒツジに体当たりを食らった。
ラムレザーに皮パンだったから、怒りの一撃かもしれん…(汗)
ゾウの近くに千羽鶴がたくさん吊るしてある塔があったので、なんだろうと思い、見てみた。
それは、動物たちの慰霊碑だった。
この上野動物園で生を終えた動物たち、
そして太平洋戦争の時、人のエゴによって殺されてしまった動物たちの慰霊碑だった。
僕は動物園こそ、平和の象徴だと思っている。
全て、人のエゴによって形成されているにも関わらず、
醜いものが存在しない。
動物たちに僕らは学び、癒しをもらい、笑顔をもらう。
人間が動物たちの自由を奪っているとはいえ、同時に動物を大切にする心を身につけていくことができる。
動物たちは人を信頼する。心から。
だからもう二度と僕らは動物を裏切ってはいけない。
戦争という醜悪なエゴで命を奪われたのは人だけではないことを僕は忘れない。
日が傾いて、風が少し冷たくなってきた頃、僕らは動物園を後にした。
遅めの昼食を聚楽第でとる。
僕はこの聚楽第が大好きだ。
昭和の空気をそのまま保っている、上野百貨店2Fの聚楽第。
元祖ファミリーレストラン、食べたいものは何でもありますよ!
ここが大好きだ。
でも4月で閉店してしまうとのこと。
理由は建物の老朽化。
建て直したところにまたお店を構えるので、完全になくなるわけじゃないんだけれど、
きっと雰囲気は変わってしまうんだろうなぁ。
何しろ、50年という歳月を経て、今に至るのだから。
ノスタルジックな雰囲気は消えてしまうのだろうな…残念。
大好きなあんかけ焼きそばをぺろりと食べて、一息ついたら、
レッツアメ横。
僕が欲しいものはアメ横で安く買える。
革製品、シルバーアクセサリー、サングラス、香水。
今回は僕のお気に入り香水であるレルムとラルフを探してうろうろした。
ラルフは横浜でもまぁ手に入るのだけど、少々、値が張る。
レルムに至っては、扱っていない店ばかりだ。
しかし、さすがアメ横。
どちらも激安で入手した。
ついでにいかついベルトも買ってしまった。
さらにお菓子を大量に買ってしまった。
や~、買い物好きな男ってのも珍しいでしょう(笑)
買い物を終えた頃にはすっかり日も暮れて、
僕らは帰路に着いた。
久々に堪能したデート。
充実した、春の一日でした。
March 24 一途歌思えばずいぶん不埒な輩です
奇抜な格好で出逢ったものです
無茶する僕を見捨てることなく
ずっと傍にいてくれて
ほんとうに
ありがとう
何度も君を泣かせたものです
何度も傷つけてしまったものです
それでも僕を見放すことなく
ずっと信じてくれて
ほんとうに
ありがとう
ずいぶん苦労をかけてるものです
ずいぶん救ってもらったものです
それでも微笑み絶やすことなく
ずっと愛してくれて
ほんとうに
ありがとう
まだまだ未熟な男ですが
まだ蕾のままの僕ですが
ひとつ胸を張っていいですか
ひとつ声高に叫んでいいですか
僕と
結婚してくれませんか
僕の
妻になってくれますか
大きな声で不器用な
プロポーズ March 23 Sparking Brainようやく「47」を更新した。
正直なところ、壁にぶち当たっている。
フィクションと割り切って、描いているけど、
突拍子もないことを描くと、リアリティに欠けてしまう。
どうしたものかなぁ。
孤独で地味ーなもんです。ものを書くというのは。
意見を仰げる人がいないというのもなかなか大変で。
そういう人脈の大切さのようなものを痛感してみたり。
何事においても、やっぱり人とのつながりは大切。
人、一人が成せることなんていうのは、高が知れていて
けど三人寄れば文殊の知恵になるんだと思うと、先人の言葉が身にしみる。
そんな中、ふと新しい構想を思いつき、少し書き始めてみる。
どうも僕が描く人間はどこか暗いというか、影があるので
というのは僕自身がきっとそういう人間という証なんだろうけど、
少し意識して健全な主人公にしてみよう。
様々な思惑が頭の中で弾けている。
迷走する日本。
暴走する中国。
埋葬されていく真実。
放送されている妄言。
それでも希望を失わない。
それでも希望を失わせない。
頭から火花を出して
時には火を噴くこともありますが
自分を信じる強さを
自分を信じる尊さを
わかってもらえるその日まで。
March 15 ないっ!明日、恋人が来ることになったので、
仕事帰りに地下食にあるお菓子の材料コーナーへ向かった。
欲しいのは、マロンペーストと栗の甘露煮。
土曜の夕方という時間帯で売り場はどこも人だかり。
ひょいひょいと合間を縫って、お目当てのところに行くと、
なぜかお惣菜を売っている。
あれれ?と思って仕方がないので、缶詰コーナーを見てみる。
甘露煮はある。
が、マロンペーストがない。
ジャムコーナーを見てみるが、やはりない。
仕方ないので、もう一度、材料コーナーがあった場所へ行ってみて呆然。
「2月20日をもって撤退いたしました」
…ホ、ホワイトデーの前に撤退しちょる…。
イヤ~な予感がした。
ここになければ、手に入らない可能性、大である。
しかしマロンペーストのないロールケーキはモンブランではなくてただのロールケーキだ。
困った。
困っていたら店員が持ってきてくれる…わけがない。品物自体がないのだから。
困っていても手に入らないんである。
行動あるのみ~。
とりあえず栗の甘露煮だけ購入して、道路を挟んだ向かいにあるスーパーへ向かった。
はっきし言って望み薄。
でも希望は捨てちゃいけない。いけないのだ。
諦めたらダメよ、アタシ!
探すのよ、アタシ!(スポ根お姉風)
ててっと急ぎ足で向かったスーパーにあったのは、
マロンクリーム…。
使えるのか使えないのか全く分からない…。
パンにぬりぬりして使うものなのか、生クリームに混ぜてねりねりするものなのかがわからない。
こういうときはっ!
オカンに聞く。
しかしオカンも使ったことがない代物なので、結局、分からずじまい。
そしてオカンの一言。
「モンブランは諦めて、別のものを作ったら?」
僕はこれと決めたらそれしか作らない。
というか、一から構想を練り直して必要なものをピックする時間がない。
誰がなんつってもモンブラン。
そうよ、アタシはモンブランを作るのよ!
このくらいで諦めたら負けよ!
まだ可能性は残ってるわ!行くのよ!アタシ!(またお姉)
残る可能性は2ヶ所だが、どちらもちょいと遠い。
歩いていけますが、仕事あがりのワタクシには少々、しんどい。
しかも、そこでもし見つからなければ、もうシオシオのパ~どころじゃない。
だからといって妥協したケーキでは恋人がシオシオのパ~になってしまうかもしれない。
おいどんは腹を括ったでごわす。
進路を東にとり、イ○ーヨー○ドーへ向かったでごわす。
期待と不安を抱きながら、お菓子材料コーナーを目指した僕の目に飛び込んできたのはっ!
な、なんと!
マロンクリーム…さっきのスーパーにあったやつ…しかもさっきのスーパーのほうが安い…。
再度、オカンに電話。
「たぶん、使えるんじゃない?」
えぇぇぇ!さっきはわからん言うたのに!
結局、僕は未知のマロンクリームと生クリームを購入して帰った。
さすがに…さっきのスーパーに戻る気力はなかった。
考えてみたらマロンペーストは缶詰だから保存が利く。
横浜で買っておけばよかったのか…。
ふ…まったく僕としたことが…
今回、なかったのはマロンペーストじゃなくて
僕の計画性だったようで…はは。
あ~疲れた。
読んでくれた方もお疲れ様でした。 March 14 春の嵐今日はホワイトデーだと仕事場で気づいた。
まぁ肝心の恋人が今日はいないから、さして関係ない。
オカンに高野のケーキをもらっていたので、
帰りにバラを一輪買った。
恋人にはモンブランを作る予定。
せっかくなので、マロンペーストをたっぷり使って、
栗の甘露煮を細かくして混ぜてみよう。
アゴタ・クリストフの『悪童日記』を読み終えたので、
書店で探しまくってようやく続編を見つけた。
これでまた読書漬け。
しかし隆慶一郎の『影武者家康』がヒジョーに気になる。
『一夢庵風流記』よりもおもしろいと親友が言っていた。
が、文庫なのに上・中・下と三巻になっている。
しかもそれなりに厚みがあるので、これは時間があるときじゃないと読みたくない。
言い訳じゃなくて、ほんとなのよ。
中島らもの『こどもの一生』もまだ寝かせたままだし。
本当はこういう夜に読書がいいんだけれど、
絶対、徹夜で読んでしまうので、自分を抑える。
外で雷が轟き、空が抜けたような雨が降っている。
おかげで梅の花が落ちてしまった。
春の嵐で、いい香りだった梅の花が。
明日も仕事だ。
あさってはF1開幕だ。
F1のために希望休を入れた僕。
文句あっか(笑)
春だから緩んでるわけじゃございません。
一年中、緩んでます(汁)
執筆しろ、俺…
もうすぐ更新します。
頭の中が読書と執筆でカオスになってます。
March 13 読書の春読書の秋というけれど、
別に季節は関係ねぇだろうと思う僕である。
だから読書の春。
ちなみに4月23日はサン・ジョルディの日。
さて、何の日かというと愛する人に本をプレゼントする日である。
誰だ、サン・ジョルディって…知らんよ、そんな人。
ちょいと調べてみましたが、サン・ジョルディというのは
スペインのカタルーニャ地方の伝説に出てくる聖人で
愛の守護聖人だそうだ。
この人の殉教した日が4月23日というわけだが、
なぜこの日に本をプレゼントするようになったのかは不明である…普及しねぇ理由はこの辺じゃねぇかな…。
で、まぁたまたまセルバンテスとシェイクスピアの命日ということもあり、
まぁこういう日を日本でも広げようとしている…らしい。
まぁ…こういう言い方をすると身も蓋もない言い方になりますけど、
21年間、普及活動しているそうです…(若干、間をおいて次に進みましょう)
でも実はこの日はユネスコでちゃんと採択されている日なのです…が(また間をおいて次へ進む)
本をプレゼントするというのは、まぁあまりないですな。
で、まぁ普及しない一番の理由はやっぱり「サン・ジョルディって誰?」でしょうね。
クリスマス、バレンタインに続け!
続かねぇって。
本は気軽にプレゼントできないものですから。
全く活字を読まない人もいますからね。
そんな方にラヴクラフト全集とかプレゼントしても喜ばれないし
(例えが極端だなぁ…喜ぶ人のほうが少ないっつーの)
セルバンテスって誰?って人もいるでしょうなぁ。
『ドン・キホーテ』の作者です。はい。
この『ドン・キホーテ』というのは、騎士道に耽溺しすぎて発狂してしまい、
時代錯誤、甚だしい騎士を名乗り、百姓のサンチョを従者として、
まぁ冒険に出るというお話。
平たく言うと理想主義と現実主義のぶつかり合いです。
近代文学に多大な影響を与えている作品なのです。
でも、外国文学に興味がなければ読まないですよね、はい。
そもそも日本文学というものが、少々、堅苦しい。
娯楽性に乏しいというのが、日本の初期文学の印象ですね、僕は。
外国文学の影響が色濃く出ていると感じます。
はい、ということは外国文学はもっと堅苦しいということになってしまう。
僕の場合、この悪い連鎖がずっと続いていました。
確かにいきなりロシア文学などに手を出せば、即挫折ですが、手軽なものにしても
結局のところ、日本では翻訳版を読むわけで、そうなると翻訳家のニュアンスも影響しますから、
そういう点では、外国文学と触れ合うというのは、なかなか難しいのが実際の話です。
ならば初めから娯楽作品を選べばよいわけですね。
そして短めのもの。
僕はここで推理小説を取り上げましょう。
エドガー・アラン・ポーはいかがですか?
江戸川乱歩に多大な影響を与えた…と思われる作家です。
『黒猫』は短編ながら犯罪者の心理などよく描かれています。
…すでに僕の主観になってます。
長くなりましたが、これが言いたかったわけでございます。
本をプレゼントするということは、する側の読書力がまず問われるわけです。
そして嗜好がとっても影響しちゃうわけです。
何よりも相手のことを知らないとプレゼントすらできない。
読書というのは自分の想像力との対峙。
僕はそう思うのです。
ミニマムな宇宙。
本からは学ぶのではなく、きっかけをもらうだけ。
さて、長々と書きましたが、ちょいと読書してみませんか?
春の眠気がぶっ飛ぶような小説もありますよ。
これといった小説が見当たらないなら、僕のブックリストから選ぶもよし!
タレント本を読むもまたよし!
では、僕はこれから読書するので失礼。 March 11 ラヴ・レター今、手元に一通の手紙がある。
今日、僕宛に届いた。
封を切って読んだのは、ついさっき。
この手紙を読む義務は別にない。
むしろ、そのままゴミ箱に捨てるほうが賢明なのかもしれない。
けど、一応、目を通して、読まなかったことにすることもできる。
仕事から帰ってきて、どちらにすべきか悩みに悩んで、
ついさっき、手紙を読んだ。
差出人は、昔、恋人だった女性だ。
小さめの便箋4枚は、短いはずだけど、長い手紙に感じた。
読んだことを後悔してしまうほどに。
今から遡ること8年前。
僕が19歳で高校3年生の時、この女性と別れた。
まぁ以前、ここにも書いたけれど、別れたなんていうよりは、捨てられたというほうが相応しい。
たった1通のメールで一方的に別れを告げられたから。
当時は極度の人間不信に陥った。
「僕に伝えた感情は全て嘘だったのか」
この女性の何が本当でどこが真実なのかがわからなくなり、
それに起因して、周りの人間全てを信用しなくなった。
自棄になって飲めない酒を飲んでみたり、知らない女性をひっかけて一夜限りで遊んでみたりもした。
まぁ当然ながら、残るのは虚しさと、阿呆らしさ。
さらにそんな僕に借金のお願いまでしてきた。
学生の僕に社会人の女性が借金をする。
まぁかなりのっぴきならない状況だったのかもしれない。
だが、それを僕は承諾した。
お人よしにも程があると思われるだろう。
泥棒に追い銭という人もいるかもしれない。
でも僕は貸した。
理由は簡単で、文字通り「貸し」を作りたかった。
未練が歪んで、少しおかしくなっていた。
それに相手の実家、母親の携帯電話などを知っていたので、
もし踏み倒したり、返済が滞ったら、そちらから徴収することが可能だったからというのもある。
「金の切れ目が縁の切れ目」
ことわざのとおり、全額返済と共に、縁を切った。
それからはまったく連絡がなかった。当たり前だが。
連絡されても困るし、必要もない。
生きていようと死んでいようと知ったことではない。
縁を切るというのはそういうことだ。
1億3千万分の1だった存在を1億3千万に戻すということだ。
不幸中の幸いだったのが、住まいが遠く離れていたことだった。
向こうは北の街だった。
付き合っている頃は恨めしかった距離が、縁を切ったとなると救いになったりする。
人生というのはわからないものだとつくづく思う。
平穏かどうかは疑わしいが、それなりに満たされた日々が続いている。
それを破壊しかねない手紙が、今、手元にある。
僕が実家暮らしなのは、まぁここを読んでくださっている方々ならご存知かと思う。
しかし、一般論で言えば、もうとっくに実家を離れている年齢だ。
仮にもし連絡が取りたいなら、まぁ実家に電話をするのが普通だろう。
手紙というのは届いたかどうかわからないし、返事が来る保証もないのだから。
にも関わらず、手紙が来た。
しかも書き出しがどうもひっかかる。
『○○ちゃん、久しぶりだね。△△のこと覚えてる?きっと覚えていてくれてるよね。
だって○○ちゃんに色んな経験させちゃったもんね。
あの時の事を思うと、ほんとに△△、悪いことしちゃったなって思ってるの。』
(○○が僕で△△が相手の女性)
さて、8年、まったく連絡をとっていなかった相手に手紙を出すとしたら、
果たしてどういう風に書くものか。
まず根本的に相手に届くかどうかが問題だ。
引っ越していたりすれば、届かない可能性だってある。
仮にあちこちの郵便局をたらいまわしにされて、届くと仮定しても、
まぁ例えば『運良く、この手紙が届いたことを感謝します』とか
『驚かせてごめんなさい』くらいの礼儀みたいなものを頭に持ってくると思う。
『拝啓』でもいいし。
まぁ元々、非常識なところがあったから、この程度のことでは別に何の感情もわかない。
ただ行動力に驚きはした。
手紙の内容は8年前のことから、現状までを手短にまとめていた。
はっきり言えば、現状は悲惨だ。
借金を抱えすぎて自己破産、その後は水商売に戻ったが、今度は体調を崩し、入院。
父親は7年前に、母親は2年前に亡くなったそうだ。
今は入院生活をしているが、治療費がまかなえないとのことだった。
正直、思った。「また、金の工面か?」と。
保証人には絶対にならないと決めてから、先を読んだ。
『○○ちゃん、△△ね、きっと神様のバチが当たったんだと思う。○○ちゃんのこと裏切って、
いっぱい傷つけちゃったから。△△ね、色々、病院で考えたんだ。
どうしたら○○ちゃんに許してもらえるかなって。
それでね・・・どうしたらまた○○ちゃんと一緒にいられるかなって。
一生懸命、考えたんだよ、△△。ほんとに考えたの。』
ここまで読んで僕はあまりの図々しさに苛立って、いったん目を離した。
あまりに自分勝手な内容だ。
僕には恋人がいる。
仮にいなくても、もう一度、やり直したいなどとは夢にも思わない。
あまりの苛立ちに僕は残りの部分を斜め読みですっ飛ばした。
『△△ね、もうあんまり長くは生きられないの。
お酒の飲みすぎで体、壊しちゃったのね。もう元には戻らないんだって。
だからね、△△、お金もないし、先生にお願いして退院したの。
それでね、最後にどうしても○○ちゃんに会いたかったから、がんばって横浜まで来たんだよ。
△△、がんばって○○ちゃんのおうち、思い出して、探したの。
それでね、やっと見つけたの!
でもいきなりおうちに行ったら驚くだろうし、○○ちゃんのお母さんに追い払われちゃうかもしれないから、
この手紙を書いて、様子をうかがってるの。』
え・・・?
斜め読みしていた視線が止まった。
様子を窺ってる・・・?
鼓動が急激にゆっくりになる。
便箋から目を逸らそうとするのだけれど、目が動かない。
いや、動くのを拒んでいる。
顎から汗がベッドに滴る。
『この手紙を読んでくれたってことは、○○ちゃん、△△のこと覚えててくれたんだよね?
うれしいな。△△、がんばって○○ちゃんに会いに来てよかった!』
便箋からゆっくり視線が上にあがろうとする。
僕の意思とは関係なしだ。
「あ・・・う・・・」
まるで声帯を押さえられているような感じがして声が出ない。
目の前に骸骨のように痩せ細った女性がいる。
「か・・・か・・・」
喉から声にならない声が出る。
心の中で来るなと叫び続けるが、声にならない。
「○○ちゃーん・・・死ぬときは一緒って・・・言ったよね・・・」
首の骨が砕けていく音が聞こえる。
やっぱり読まなきゃよかったんだ、こんな手紙・・・
ごめん・・・
恋人のことを想った瞬間、真っ暗になった。
了 March 10 香り昨日は久しぶりに映画を見に行った。
僕の大好きなジョン・トラヴォルタ出演の「団塊ボーイズ」
たくさん笑った。
何しろティム・アレンにマーティン・ローレンス、ウイリアム・H・メイシーという顔ぶれ。
もう見る前から期待してしまう。
そして期待を裏切らない。
僕の大好きなロードムービーというのも最高の設定。
日曜のレイトショーは安くて空いてていいですな。
帰り道、どこからか沈丁花の香りが鼻をくすぐった。
いい香りだ。春を感じる。
少しずつ気温が上がって、
少しずつ春になっていく。
梅の花はすっかり満開で、甘い香りを漂わせている。
冬から一気に春になることはない。
少しずつ時間をかけて春になる。
人も同じだ。
春はいきなりやってはこない。
だが、いつか必ずやってくる。
それまではただ堪えて、耐えて、我慢。
でもあきらめちゃだめ。
沈丁花の芳しい香りはなんだか眠気を誘います。
春眠暁を覚えず…
一年中、暁を覚えずな僕である。 March 03 春梅の花が芳しい香りを漂わせている。
暦の上ではすでに春。
もうじき桜が、咲く。
人の心に様々な蕾が生まれる。
どれだけの蕾が大輪の花を見事に咲かせるのだろうか。
決して多くはない。
だが、少なくもない。
蕾が開くには膨大な時間とエネルギーを要する。
つまり努力と精進。
妥協するのは容易い。
それ故、その道を選ぶ人も多い。
だが、妥協のもとに咲く花は、さして大きくもなければ美しくもない。
ごくありきたりの花でもよい。
ありきたりの花にも美しさや個性はある。
花屋に並んでいない、路傍の花にも趣はある。
なぜなら、妥協の産物ではないからだ。
自然界において、妥協は死を意味する。
幸い、人は妥協しても生きていける。
傍から見て「平凡でつまらない人生」と言われようと、
本人が「平穏な人生」を歩むことに指針を向けているのなら、
それは妥協ではない。
ただの誤解だ。
ただ、その指針が他人の意見で簡単にぶれるなら、
きっとどこかで妥協しているのだろう。
そりゃ誰だって悩む。
「これで…こんなんでいいのかな…?」
悩んで答えが出るのならじっくり悩めばいいのだ。
悩むことは決して悪いことじゃない。
悩めるということは幸せでもある。
だから、悩みぬいて、答えを導き出せばいい。
もし、悩んでも答えが出ないなら、
なりたい姿を描いてみればいい。
突拍子のない想像でもいい。
滑稽でもいい。幼稚でもいい。
馬鹿馬鹿しいと自分で決め付けることはない。
想像に規制はない。
だから人は空を飛べた。
だから人は宇宙に行けた。
最初は馬鹿げた想像だった。
でも、それを成し遂げた人がいる。
とんでもない想像を現実にするには、
途方もない苦労と強い精神が必要だ。
だからこそ、得るものは大きい。
すなわち、大輪の花となる。
たくさん人を傷つけるだろう。
たくさん傷つけられるだろう。
人は生きていく過程で、絶対に誰かを傷つけてしまう。
それは仕方のないことだ。
誤解や勘違い、先入観や偏見。
絶対に傷つく。傷つける。
それに怯えないでほしい。
少なくとも自分の味わった痛みを人に与える必要はないことくらいわかっているだろうから。
多少は迷惑をかけることもある。
それも仕方のないこと。
迷惑はいつかきちんと恩返しすればいい。
無謀でいいと思う。
大胆でいいと思う。
最初から小さいと結果はもっと小さくなる。
夢を茶化す人の本心は、
憧れと僻みの入り混じったある種の嫉妬のようなものだ。
さあ、未来を描け。
誰かの真似でもいい。
いずれ己のものになる。
何もしないことが一番、無意味。
「春」という季節を迎えるにあたって。
下克上 March 02 ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ『火花散る情熱、疾走する調和』
メタルでもクラシックでもフラメンコでもない。
たった2本のアコースティックギターだけで
疾走感溢れるRockを生み出すユニットが
メキシコ発ダブリン経由で日本上陸。
ロドリーゴ・サンチェスとガブリエーラ・クインテーロが紡ぎだすメロディは
超技巧的でありながら、美しいハーモニーを創造している。
激しさと冷静さを兼ね備えたジャンルに捕らわれない2人のRockは
聴く人に極上の時間を与えてくれる。
さあ、たっぷりとご堪能あれ。
こんなPOPを書きたくなるユニットに出会った。
「ロドリーゴ・イ・ガブリエーラ」
元々はスラッシュメタルバンド出身の2人。
スパニッシュのようなパーカッシヴと
一音、一音がしっかりしたテクニック。
熱さと冷静さを兼ね備えた2人の演奏はうるさ過ぎず、静か過ぎず。
3月4日、発売です。
久々にガツンとくる新人に出会いましたわ。
や~すんげぇなぁ~、世界って。
さて、POP作ろ。
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