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    May 31

    春の長雨

    夏に向かって猛烈な勢いの新緑。
    そんな新緑に「まぁちょっと休みなさいな」と言っているような、長雨。
     
    窓から森の木々を見ながら、音楽を聴いて過ごす。
    マーヴィン・ゲイでしっとりしてみたり。
    でもなぜか彼の音楽を聴くと人恋しくなる。
     
    BONNIEPINKは雨にあう。
    サウンドのみずみずしさが僕の中でうまいことはまる。
    雨の持つネガティブ性が消える。
    どことなく、女性的になってる僕(笑)
     
    雨の日はゴリゴリのRockはあまり聴かない。
    底抜けに天気のいい日にデカイ音で聴くに限る。
     
    だからといって雨の日にピアノソナタとか聴くのも好きではない。
    なんか深窓の生まれみたいで嫌だ(笑)
     
    ダイアナ・ロスも雨にあうなぁ。
    僕の場合、雨の日と夜は音楽的に近いのかもしれないな。
     
    タスポが届いた。
    顔写真がとってもイケてない。
    これを10年使うのか~と思うと、作り直したくなる。
    10年後、僕は37ですか…
    何やってるんだろうなぁ。
    今と同じだったりしたら、けっこうトホホだな(汁)
    父親になっていたりするんだろうか。
    楽しみ80%不安20%だな。
     
    さてと、47のプロットを考えよう。
    そして髪を切ろう。
     
    お別れはスティングを聴きながら。
    SeeYouLater
    May 29

    気長に。

    風邪が未だに治らない。
    どうもすっきりしない。
    日中はアスファルトが焼けるほどなのに、
    日が沈むと一気に冷える。
    寒暖の差は自然が少ない都会の方が激しい気がする。
    樹木はあっても土がないから。
    んでもってアスファルトは湿気を吸ってくれないから、
    夜になると風は冷たいんだけど、蒸し暑い。
    だから僕みたいに風呂あがりに全裸でブラブラしてると、風邪ひきますので、
    気をつけてください。
     
    心も風邪をひく。
    うつ病を心の風邪と呼んだりする。
    誰でもかかる病気ということで。
     
    女性アナウンサーが自ら命を絶った。
    抱えきれないほどの何かに押しつぶされてしまったのだろうか。
    その死は、なんだか見つかることすら拒んでいるように思えた。
     
    今、同じように苦しんでいる人はたくさんいる。
    きっとみんなSOSを出している。
    女性アナウンサーのように。
     
    僕は思う。
    彼女の死を無駄にしないために、僕らができることは何か。
    それは、SOSに、サインに気づいてあげること。
    そして抱えているものをシェアしてあげることだと。
     
    あなたの周りにいるかもしれない。
    あなた自身がそうかもしれない。
     
    もし、あなたの周りにいたなら、
    話をちゃんと聞いてあげてほしい。
    そして支えてあげてほしい。
    独りで抱えなくていいんだよと伝えてほしい。
     
    もし、あなた自身がSOSを出しているなら、
    遠慮しないでいいよ。
    取り乱しても大丈夫。
    喚いてもいいんです。
     
    それでも気づいてもらえない。
    そんなときはここへどうぞ。
     
    ゆるりと気長に。
    あなたの心に余裕を与えることを約束しましょう。
     
    まずはのんびり。
    の~んびり、ゆっくりすることです。
     
    頑張れだけじゃ頑張れませんから。
     
    心のお守り、下克上。
    May 25

    で~きたっ

    1週間ほど時間をかけて完成いたしました。
    200805251709000
    これが僕の作りましたガンプラでございます。
    本当はデジカメから写真をアップしようと思ったのですが、
    初期化して以来、インストール用ROMが見当たらず…
    仕方なくケータイから転送してきやした…。
     
    少し明るめに撮影したので、若干、色味が変わってます。
    ホントはもっと全体的に濃いブルー系のカムフラなのです。
    ちなみに原作ではこんな色です。
    200805251805000
    このMSは左右対称だけでなく、前後も対称という奇妙な姿です。
    でも性能はすごい。
    だからカッコよくしてあげたいなぁと思って、ワタクシ頑張りました。
     
    分かる人にしか、分からないでしょうなぁ…。
     
    少なくともここの読者さんはわからんだろうなぁ(汁)
     
    趣味なんてものは、そんなもんですな。
     
    これでガンプラ製作もしばしの別れ。
    少し感慨深いです。
    蒲田のユザワヤまで買出しに行った日が懐かしいな。
     
    さて、このゾック君、どこに飾るかなぁ…

    わぁーい

    どげんかせんといかん宮崎の親戚から、
    どげんかせんと奮闘する知事が売り込んで価格高騰しているマンゴーが届いた。
    太陽のタマゴが3つ。
    ありがたい。
    これを食べると、他のマンゴーが美味しくないと感じてしまうほどに味覚は虜になります。
    甘いトロピカルフルーツ独特の香りは口の中で満開に。
    飲み込むと同時に体は溶けてしまうような気分。
     
    早い話が、美味すぎる。
    僕は死ぬ前にこれを食べたいなと思うほどに好きです。
    宮崎さまさま。ありがたや。
    農家の方に感謝。
    親戚に感謝。
    んでもって親に感謝。
     
    ほいでもってPCを開きましたら届きましたeメール。
    レニー・クラヴィッツの東京公演チケットが取れた!!
    一次予約で取れた!!やった!!
    POP描いた愛情が通じたかなぁ…嬉しいなぁ。
    9月が今から楽しみだ~!
    C’moooon!Lenny!!!
     
    はい、グッドニュースでした。
     
    次、バッドニュース。
    風邪ひきました…。
    声がつぶれてます。
    たぶん、風呂上りに「あっついな~」と言いつつ、素っ裸でぶらぶらしてたからですね(笑)
    一時的に禁煙して集中治療してます。
     
    こういうときはあの娘に逢いたいな~
    誰かは秘密。
     
    まぁマンゴー食べられたし、レニーのチケット取れたし、
    素敵な時間を過ごせたし、いっか。
     
    ちっとくらい嫌なことがないと人生、何が楽しいかわかんなくなりますからね~。
    May 23

    生はいいよな

    去年に引き続き、今年も僕のナンバーワンコメディアン、志村けんさんの舞台、
    「志村魂3」を観に行ってきた。
    去年は東京公演、千秋楽に行ったのだけど、
    なんだか半分くらい、業界関係っぽい人だったので、
    今回は平日の昼間を選んだ。
     
    天王洲まで出てから、早めのランチ。
    パスタをつるりんと胃袋におさめて腹五分(笑)
    150gのパスタでは全く足りない我が胃袋…。
    ちと、悲しい。
    笑うということは、たくさんエネルギーを使う。
    だからたっぷり充電せにゃならんのだ。
    去年は池袋の藝術劇場だったので、バーガーキングでワッパーチーズを食べたっけなぁ。
    おっと、食べ歩きしてるんじゃなかった。
     
    銀河劇場に向かうと、すごい数のお花。
    志村さんが改めて最高の芸人だなぁと実感する。
    パン君とジェームズからもお花が来ていたので、思わず写真、撮っちゃいました。
     
    中に入るとグッズが色々と並んでいた。
    「こ、これは猛烈に欲しい!」
    それはあの『変なおじさん』の衣装を再現したパジャマである。
    しか~しお値段9800円…高いよぅ…。
    で、僕が選んだのは背中に『魂』とプリントされた粋なTシャツである。
    ハッピを連想させるそのデザイン。いなせでもある。
     
    そしていよいよ志村劇場、開演。
    前から3列目という好ポジション。
    ダチョウ倶楽部が目の前にいる。
    バカ殿が目の前にやってくる。
    クワマンが目の前にいる。
    いつもはテレビの中でしか見れない、みんなが目の前で踊って、笑わせてくれる。
    あんまりおかしくて、体は熱くなるわ腹筋を使うわで、こりゃあ下手なエクササイズより効果的だ。
    やっぱり思いっきり笑うって大事だなぁ。
    バカ殿、盛りだくさんコントの後、休憩を挟んで後半スタート。
    三味線を手にし、目の前に現れたのは、志村けんさんそのもの。
    何も演じていない志村さんは、真剣な顔で「風林火山」を奏でた。
    男としてカッコいい姿。
    思わず鳥肌が立ってしまうほどに、その姿、音、全てがカッコよかった。
     
    そしてお芝居「人生双六」
    僕は志村けんさん演ずる宇田信吉の言葉が一つ一つ、胸に飛びこんできて、笑っているより泣いていることのほうが多かった気がする。
    『人生、どんなに辛くても、悪いことをしてはいけません。
    悪いことをすれば心に傷ができます。
    どんなにお金持ちになっても、心に傷があってはいけません。』
     
    一生懸命に生きて、頑張って働いて、体を壊してしまって、
    それでも少しよくなったら、また働いて、でもまた体を壊して。
    『僕はダメ人間なのかな?ダメな奴なんです、きっと。』
     
    僕は自分の姿が重なって、涙が止まらなかった。
    そして自分が励まされている気分になった。
     
    頑張るっていうことは、こういうことだ。
    頑張ったかどうかは自分じゃ分からない。
    本当に頑張っていたら、周りの人が自然に認めてくれる。
     
    だから、僕はまだまだ頑張りが足りないんだ。
     
    竜ちゃんの演技がとても上手になっていて、それもまた励みになったなぁ。
     
    僕の人生双六、今のマスは『失業。一回休み』なんだな、きっと。
    だからサイコロを振る番が来たら、また進める。
    1ばっかりでもいい。振り出しに戻ってもいい。
    進み続けよう。
     
    やっぱり志村けんさんはいいよな。
    いっぱい笑わせてくれて。
    泣かせてくれて。
    気づかせてくれる。大事なことを。
     
    だいじょうぶだぁ。
    まだやれること、あるから。
     
    志村一座に感謝です。
    May 20

    恋愛してない?!

    さて、先ほどさぶいジョークを飛ばしたのは、
    これを書いてみるためのジャブである。
     
    これは厚労省が2006年9月22日に公表した
    第13回出生動向基本調査の
    『結婚と出産に関する全国調査(独身者調査)データベース』を引用してます。
    昨夜のフジTV系報道番組『プレミアA』での特集が気になったので、
    データを探して、色々とこれについて書いてみようと思います。
     
    ま~これを見ますと、男の5割ちょいが寂しいことになってますなぁ。
    しかも恋人未満の数を入れたら実に7割近い男性に恋人がいないことになる。
    や~…自分の目で見てみると驚きます。ヤバイでしょう、これ。
    女性を見てみますと、こちらも4割を超えて、寂しいことになってますね。
    こちらも恋人未満の数字を入れると5割超えてます。
    ちなみにどちらも18歳~34歳まで。
     
    寂しいのは男だけかなぁなんて思ってましたが、
    これを見ると、案外、そうでもないようで。
    僕の周りを見てみると、確かに彼女いない歴が年単位の友人もいますが、
    すでに結婚している友人もいて、数字に直すと50%
    「おぉ、データと合致しとる!」
    と今、自分で驚きました。
    あいにくと女性の数字はわかりかねますが…。
     
    『寂しい』という単語を最近、やたらと目にするのは、こういう状態だからなのか?
    出会いの場を提供する広告が増えたのも、こういう数字を反映しているのだろうか。
     
    しかし、僕はこのデータベースを見ていて、もう一つ、興味深いデータを見つけた。
    それは『未婚者の性経験の構成比』というデータだ。
    まぁお上の言い方で回りくどいことこの上ないが、
    平たく言えば「SEXしたことある?」ってことである。
    これによると、18~19歳までは男女共に3割ほどだが、
    20歳を超えると、一気に5割以上になる。
    ということは。
     
    「結婚するまでおあずけ」というのは、遠い過去の話になる。
    特に女性はそういう風潮が昔は強かったが、今はそうでもないということになる。
    男においても、「生涯、一人だけ」ということは非常に稀なのだろう。
     
    もちろん、数字だけでは見えてこないものもあると思う。
    「結婚するつもりだったけど、別れてしまった」のようなケースなど。
    僕自身、今の恋人だけを抱いてきたわけではないし、恋人も同じである。
    たぶん、今の若い世代というのは、いい意味で「相手の過去を気にしない」ということなのだろう。
    これは逆に昔の日本では、なかなかない考えだと思う。
    数字だけで全てを見るわけではないけど、これが変わっていくということなのかなと僕は思う。
     
    で、僕が何を言うためにわざわざこういうことをしたかというと、
    この間、恋人と話をしていて、
    「最近のガキンチョは僕らが子どもだった頃よりも、SEXに詳しい」というような話になったのを調べてみたかったからである。
    そして同時に「詳しいだけで、頭でっかちになってて結局、奥手になってる」というような話になったのだけど、
    あながち、外れていないように思える。
    もし、知識と経験が並行に進むのであれば、18歳の段階でSEX経験者の数字は跳ね上がるはずだ。
    しかし、これを見る限り、18歳の段階では3割程度。
    僕が18歳のときを思い出せば、ちょっと少ないような気がする。
    つまり知識と経験は並行ではない。
     
    ここからが本題の本題。
    仮にもし知識だけが先行しすぎているとしたら、それは非常に危険な可能性を帯びてくる。
    これだけネットが普及した今。
    僕が中学生だった頃に知り得たSEXにおける知識と、
    現在の中学生が知り得るであろうSEXにおける知識は、おそらくかなりの差がある。
    僕らの時代は、なぁんとなく、漠然と「○○らしい」といった感じで情報交換をしていたが、
    現在の中学生は映像として、手のひらでそれらの情報を手に入れることができる。
    この差は非常に大きい。
    そして僕は本当に危険だと思う。
     
    僕らは段階的に、順を追ってというと変かもしれないけれど、
    まず漠然とSEXのことを知り、そこにたどり着くためには、まず女性を恋人にして、
    お互い好きになって、いい感じになったらキスをして、もっとお互いが好きになったら、初めてそこでSEXが成立するという、
    一つの流れであるということを経験しながら学んできた。
    それから、そういう順序を端折ってもいい時があると知った。
    つまり大前提に「女性の気持ち」があるわけである。
    自分と女性の気持ち、感情が一致すれば、結果としてSEXに至り、それは別に悪いことではないんだと学ぶ。
    あ、一応、言っときますがワタクシはヤリチンではございません(笑)
     
    しかしながら、現在は僕らが経験してきた漠然、これがない、もしくはもっと若い段階で味わっている可能性が高い。
    まぁ僕も男だ、世間一般で言うところの「いかがわしいサイト」なるものを見ることがある。
    そこで起きているのは、目を背けずに読んでくださいね、いいですか。
    例えて言うなら『女性の安売り』です。
    僕らの頃は女性の裸体といえば年上が当たり前だったし、
    その裸体にもある種の神秘性が伴っていたのだけど、
    今の時代、そんなものは微塵もない。
    明らかに若~い世代の、僕から言わせれば小娘が、当たり前のように裸体をさらしているし、下手したら股をおっ広げている。
    しかもそれは場末の書店などではなく、掌で。
    法律が全く間に合っていないとはいえ、男としてこれはマジで引く。
    露骨過ぎるそこには、一片の神秘性もなく、むしろ罪悪の塊に感じる。
    フィルタリングを用いることで未成年はアクセスできないとよく言うが、
    それは会社という組織の建前である。
    ケータイはすでにやりたい放題の世界を構築している。
     
    目の前に全てがあれば、僕が学んできたようなプロセスをぶっ飛ばして、
    さっさと経験したいと思うのが人だ。
    ただし、端折っていいプロセスを知ってて端折るのと、
    何を端折っていいか知らずに端折るのでは、全く異なる。
    最近、性犯罪が右肩上がりなのは、「端折っていいプロセスを知らない人間が増えた」という推測をせざるを得ない。
    「SEXに必要なものは快楽。快楽を得るにはSEX。
    相手の気持ち?そんなものは二の次、三の次だ。」
    そんな風に思っている人が増えた気がする。
    これは男女を問わずである。
     
    SEXは悪いことではない。
    僕はそう断言する。
    ただし、そこには「表現できないくらいの好意的感情が伴っていなければならない」と付け加える。
     
    このデータを見て、僕が欠けていると思ったのは、そういうニュアンスの調査がされていないことだ。
    もしかしたら、非合法と知って体を売った女性も含まれているかもしれない。
    いや、きっと含まれているのだろう。
    金のためにSEXしちゃいけないということは理屈だ。
    でもその理屈を理解せずに行動している人もいる。
     
    僕なら設問を変える。
    『好意を抱いた、もしくは抱いている異性と性経験はありますか?』
    もしこういう設問をして、数字が変わらないのなら、僕の長い仮説は取りこし苦労でいい。
    だが、もし数字が減るようなことがあれば、それは凶兆であると僕は思う。
     
    「完全に独身だけど、性経験がある。
    それは失恋しちゃったから。」
     
    回答が全てこうなら何か安心するのは僕だけなのだろうか。
     
    最後に一つ。
    人を好きになれないなら、自分をまず好きになりんさい。
    自分を愛せない人は、他人を愛せないんだから。
    そして、信じることですな。
    裏切られても、信じる意味を忘れないことです。
    ビビッてたら手に入るものも入りません。
    惚れるってことは理屈じゃあないから、考えても答え出ないし。
    たくさん失敗して色々、学べばいいじゃん。
    何もしなきゃ、何も始まらない。
    たくさん恋しろ~!みんな!
     
    …ちなみにこの調査、どこでしたんだろう?
    僕はこんな調査に参加した経験、ないんだよな…。
    え?あ、僕っすか?
    『婚約者がいる』に丸をつけます。
    ふふん、いいだろ(笑)
     
     
    厚生労働省の調査結果↑
     
    May 19

    手をつなごう

    誰かと手をつなぐと、温かい。
    自分に血が通っていることを感じることが出来る。
    そしてつないでいる相手にも、血が通っているんだなぁと感じる。
    それが女性だろうと、男だろうと、子どもだろうと、変わらない。
    それが犬でも、猫でも、手を握ると温かい。
    生きてるなって感じる。
     
    ちっちゃい頃につないだオカンの手。
    温かかった。
    幼い僕を担ぎ上げた親父の手。
    温かかった。
     
    落ち込んでるときに僕の肩をさすった友の手。
    一緒に騒いで別れ際にシェイクしたアイツの手。
    ケンカして掴みかかってきた奴の手。
    あったかかった。
     
    手は
    僕の周りの手は、みんな温かい。
    ギターでごつくなった手、車の整備で傷だらけの手、
    家事で荒れた手、乳臭い手、
    色々な手がある。
     
    そして、僕の周りの手は与える手だ。
    誰も奪う手ではない。
     
    僕の手は、
    僕の手は想いを紡ぐ手だ。
    想いを文字にして言葉を生み出す手だ。
    冷え性だけど、それなりに温かいと思う。
     
    だからもし、
    あなたが生きているかどうかわからないなんて悲しいことになったら、
    手をつなぎませんか?
    傍にいる人と手をつなぎませんか?
    動物の前足を握ってみませんか?
     
    もしも周りに猫一匹いなくて、つなぐ手がないのなら、
    僕の手をどうぞ。
    今はまだ直接、つなぐしかないけれど、
    いつか『本』を介して、たくさんの人と手をつなげたらと思う。
     
    手をつなぎませんか?

    ジャブ

    『ご利用は計画的に
       無理のない返済プランを』
     
    国に言ったの。
     
    『ご利用は計画的に』
    せーふSEXうぃずコンドーム。
     
    しょーもないこと言ったの。
     
    さて、ちゃんと考えますか。
    May 18

    徹夜明け。

    徹夜明けの呆けた頭に濁った瞳。
    新緑がちとキツイ。
     
    ずいぶんと濃密な夜を過ごした。
    ものすごく色んなことを考えた。
     
    人ってのは、つまるところ一人では何も出来ない。
    一人でこの世に出てくるわけでもなし、
    衣食住、全て一人で揃えることも不可能だ。
     
    にも拘らず、人は孤独を感じてしまう。
     
    どうしてなんだろうか。
     
    人は考え込むと視野がどんどん狭くなっていく。
    気持ちに余裕がなくなっていくからなんだろうな。
     
    僕はそんな時、がむしゃらに進んできた。
    でもそれはタイトな綱渡りのようなものだった。
    僕が落っこちるか、綱が切れるか。
     
    それでも進まないわけにはいかない。
    時は待ってはくれない。
    道がなければ自ら拓き、
    橋がなければ、迂回するか、自分で築く。
     
    僕はそうやって今までやってきた。
    たぶん、これからもこうしていく。
     
    僕はお人よしのバカでいいやと思っている。
    困っている人は放っておけないし、
    悩んでいる人を放ってはおけない。
    そのときに自分が限界状態であっても、
    僕は誰よりも優しく人に接したい。
     
    色々と考えると、どうにも暗くなってしまうな。
    明日はくだらない事を書こうかな…
     
    と、思っても書けない日々。
     
    シオシオのパァ~ですなぁ。
     
    かっこいい男になりてぇなぁ(笑)
    強い男になりてぇなぁ(爆)
    早く人間になりたぁい…
    あ、それは妖怪人間ベムだった。
     
    May 15

    anger

    地球が怒っている。
    ミャンマーを襲ったサイクロン。
    中国を襲った大地震。
    一握りの人間が持つエゴが救いの手を断ち切る。
     
    「エゴを捨てなければ人は滅ぶ。」
     
    そういう地球の警告だと思う。
     
    地球の怒りを鎮めるために、
    一人ひとりがエゴを捨てなければ。
     
    CoolTheEarth
    May 14

    田舎とカントリー

    たまには音楽の話でも。
    僕はまぁ色んなジャンルを聴くのだけど、
    そんな中でも、最近はカントリーがお気に入りだ。
    元々、シェリル・クロウが好きで彼女はいわゆるナッシュビルサウンド。
    わかりやすく言うと、矛盾しているんだけれど、都会的なカントリー。
    リアン・ライムスも同じ雰囲気で僕は好きなんだけれど、
    カントリーといっても実は色々ある。
    ブルーグラスと言われるものは、バンジョーやバイオリンを使った超早弾き、超技巧的で、
    メロディはのどかなんだけど、本当にテクニカルで、プレイヤーからすればメタル並みに大変だ。
     
    で、僕はこのバンジョーとバイオリンの組み合わせが好きなんだけど、
    これはまぁカントリーの必須アイテムでもある。
     
    カントリーというジャンルは直訳すれば「田舎」である。
    つまり日本で言うところの「民謡」にあたる。
    そして不思議なことに「民謡」となると、突然、なんとなく敬遠したくなっちゃうのである。
    たぶん、僕だけじゃないと思うけど。
    なぜ、カントリーは心地よくて、民謡は敬遠気味なのか。
     
    それは僕の場合、やはり「心地よさ」があるかないかである。
    日本の民謡というと、五木の子守唄やソーラン節などが有名だけど、
    なんというか、暗いというか、重いんである。
    理由のひとつに働きながら歌ったものだからではないかと僕は思う。
    つらい労働を紛らわせるために歌いながら。
    もしくはつらい労働を労うために歌われたものが多いからではないだろうか。
    これはあくまで僕のイメージだけどね。
    それに対して、カントリーというのは、
    仕事が終わってロッキングチェアーでビール片手に歌ってるイメージ。
    もしくは休日に原っぱにみんなで集まって歌ってるイメージ。
    全部イメージかよ!
    と、突っ込まれる方もいましょう。
    ん~前世はアメリカ南部で暮らしていたのかもしれない。
    そう思うくらいに、イメージが湧くのだ。
     
    単純に民謡はマイナーKeyだから暗い感じがすというのもあるけど、
    どうも根底には民族性が隠れているような気がする。
     
    つまるところ、音楽というのは、聴いてる本人が楽しいかどうかに尽きる。
    音楽というのはそういうものだ。
    デスメタルを心地よいと思う人もいるし、
    雅楽を心地よいと思う人もいる。
    それでいいじゃんと思う。
    少なくとも、日本という国では、色んな音楽を聴くことが出来る。
    それ自体が恵まれている。
     
    だから理屈なんちゅーもんはどうでもいいんじゃい。
     
    と、思う最近です。
    だってオルタナティブRockが理解できないんだもん。
    オルタナティブってのは既存の枠に捉われないって意味だけど、
    オルタナティブRockってジャンルがあるってことは、
    矛盾以外の何者でもないじゃないか!
    責任者出て来いっ!
    夜、眠れなくなっちゃうじゃないか!
     
    もしかしたらジャンルで括るってこと自体が、ナンセンスなのかもなぁ。
     
    大事なのは個性なんだもの。
     
    個性がない奴はジャンルにしがみつくわけで。
     
    あら、なんだか毒、吐き始めちゃった。
    やだわ、アタシったら。
     
    気分転換におでかけしよ。
    ばぁい。
    May 13

    頭にサブミッション

    昨日、目が覚めてから、なんとなく喉が腫れていた。
    まぁでも大して気にならなかったので、気にしなかった。
    が。
    今朝、目が覚めるともっと腫れていた。
    食べ物を飲み込むのはおろか、嚥下すること自体が辛い。
    しかも頭の左半分だけ頭痛がするという、
    頭痛すら左利きなのか俺の体は!
    という状態。
    まるで首と頭を得体の知れない締め技で決められている気分でござんす。
     
    恋人に
    「なんか喉にできてるみたいでさ~腫れてるんだよね~。
    と言ったら、恋人、
    「どうしよう、悪性ポリープだったら。」
     
    …不安にさせるなよな…(笑)
     
    今日のワタクシ、例えるならば
    「左側だけ孫悟空の輪っかが締め付けていて、なおかつ猪八戒に喉輪を食らってる」
    という感じでございます。
     
    風邪かなぁとも思ったけれど、風邪の喉痛はタバコが吸えないので、
    どうも違う。(タバコ吸うなっつーの)
    病は気から!
    そうだ!気の持ちようだ!
     
    よし、寝よう(爆)
    May 11

    で、

    というわけで、今日はギターを激弾きした。
    4時間ぶっ通し。
    ちなみに僕はバンドをやっているわけでも何でもない。
    むしろバンドをやってる頃より今のほうが弾いている。
    不思議だ。
     
    しかし4時間ぶっ通しとは、なんだか修行みたいである(笑)
    僕は修験者かっつーの。
    しかもストレッチを忘れたので、
    おもいっきり手首を痛めた。
    改めて思う。
    僕はバカ(笑)
     
    でも楽しいからいいのです。
    でも右手の握力が激減してちょっと困ってます。
     
    さてと、プラカラー買いに行くか。
    ゾックをかっちょよく作りたいからね。
    なんのこっちゃわかんない?
     
    わかんなくても、いいと思います。(笑)
     

    奇跡の軌跡

    その広さは無限大とも言われる宇宙にある
    銀河系という巨大な恒星の集団の中にある
    太陽の第三惑星であり、水と緑溢れる生命の星、地球。
    地球には目に見えないものから見上げるような巨大な生命がある。
    その中で僕は1981年に人として生まれることができた。
    バクテリアでもなく、ティラノサウルスでもなく、
    ホモ・サピエンスとしてというよりは、人として生まれた。
    100カ国以上の国がある中、
    僕は世界でもかなり恵まれている国である日本という国に生まれた。
     
    そして今日に至るまで、特に不自由なく生きてきた。
    生きてくることが出来た。
    命が脅かされたことは一度もなかった。
     
    やりたいことを大体、やってきた。
    やってきたというより、やらせてもらってきた。
    高校に2回通い、専門学校に1年通ってギター三昧。
    向いてないと諦めて、警察官を目指してみたり、アパレルやってみたり。
    それで今は小説家を目指している。
    これが許される環境。
    そのためにこうしてネットに自分の思うことを載せているけど、
    これも日本だから言いたい放題言える。
    国家元首は阿呆と言っても何も言われない国。
    しかるべき主張を憲法が認めているからだ。
     
    僕の両親は戦後生まれだが、祖父母は戦争体験者だ。
    戦火をくぐり抜けてきた。
     
    僕が自分を叱咤するとき、こういう風に自分の命の源から考える。
    自分がいかに恵まれているか。
    どれだけの奇跡が繋がって今に至るか。
     
    こういう風に考えれば、少なくとも自ら命を絶とうなどという愚行は頭から消える。
     
    けど、これは僕の考え方。
    他の人に同じことを考えろとは思わない。
     
    でもこういう考え方だから、
    どうにか理解して欲しいとか、
    なんとか力になりたいと思ってしまう。
     
    だから僕はそれを小説に込める。
    今も込めている。
     
    奇跡の軌跡を描きたいと思っている。
     
    あなたも奇跡の塊なんだと気づいて欲しいから。
    May 10

    駄文

    ゆうべ、寝る前に「アマニタ・パンセリナ」を読んだのがよくなかったのだろうか、
    それとも久々にプラモデルにプラカラーを塗り塗りしたのがよくなかったのだろうか、
    はたまた元々、出来がよくないせいだろうか、
    今日はずいぶんと頭がボケている。
     
    ほげげ~っと起きてから、
    んが~っと二度寝。
     
    もっかいほげげ~っと起きて、
    ずっとボケている。
     
    明日はヒヒの歯…じゃない、母の日だ。
    が、こんな身の上ではプレゼントすることすら気が引ける。
     
    そんなことを思いながらボ~ケ~っとしていた。
     
    色々なことが浮かんでは、まとまらずに消えていった。
    軍閥政治の愚かさ、布袋がアテフリだった歌番組、利己犯罪の多さ。
    で、だんだん滅入ってくる前に気分を変える。
     
    夕食を僕が作ることにした。
    初めて作るハヤシライス。
    たまねぎをたっぷり刻み、じっくり炒める。
    段取りがわからないので、頭の中で整理しながら、
    たまねぎを炒める。
    オリーブオイルで炒める。
    バターを入れて炒める。
    焦げないように木ベラで動かし続けて炒める。
    炒めてばっかりじゃ先に進まないではないかっ。
     
    フライパンで牛肉をさっと炒めて赤ワインで香り付け。
    火を噴くかと思ったけど、ぷぅんとワインの香りが漂っただけで済んだ。
    ホッとしたような、物足りないような。
    少しあめ色になった、たまねぎの入った鍋にちろっと水を入れて、
    マッシュルームと、フライパンの牛肉を入れて、
    ハインツのデミグラスソースをぼ~んと入れて、
    煮る。
    煮る。
    煮る。
    要するにたっぷり煮込んだんです。はい。
     
    出来は上々。炒めまくったおかげで、たまねぎの甘さがよく出た。
    母も喜んでいた。
    一応、母の日だからなぁ、明日。
     
    僕はカレーがへたくそで、ハヤシライスの方がうまく作れると感じた。
    僕の作るカレーは美味くない…。
    ボーイスカウト仕込のせいか、基本的に適当。
    そして大空の下で食べるという調味料が味をごまかしてきたので、
    家で食べると化けの皮がはがれて、ひどいもんである。
    この腕でデリシャスなケーキを作っている。我ながらそれが不思議だ。
     
    この腕はギターを弾くことも出来る。たいして弾けるわけではないけど。
    この腕はプラモデルを巧いこと仕上げる。なかなかのもんである。
    同じ僕の腕なんだが、不思議なもんだ。
    ちなみに僕の腕が一番、得意なのは無論、恋人を抱くことである。
     
    念のため言っておくが、ボケはボケでも色ボケではない。
    ただのさびしんぼうだ。
     
    何も考えずにキーボードを叩くとこういう感じだ。
    ど~でもいいことの連鎖。
    他人からすればスカタン(死語)な内容。
    読んだ人にな~んにも与えない。
     
    仕方ない。
    書いてる僕がひどくボケてるから。
    今日はとっても阿呆なんです。
     
    あ、っほうですか…。
     
    ひどいオチだ。
    May 06

    ミッドナイト一途バカ

    久々に夜中まで起きている。
    GWっつっても予定がなけりゃ、いつもと変わらない。
    だからといって出かけると、世間はそうじゃないわけで、
    人でごった返していて、ゲンナリしてしまう。
     
    だからといってさっさと寝れるものでもなし、
    かといって、起きている理由もなし、
    こういうときは、スケベなことを考えるに限る。うん。
     
    以前、工口本というものについて、ここであれこれ綴った。
    あ、しつこいようですが、読み方は「こうぐちぼん」です(笑)
    あれに通ずるものをふと思い出したので、書いてみる。
    夜中だからスケベなことを書くに限る。うん。
    読む人はいつ読むか知らんけど。
     
    みなさんは街中で、こういうものを見たことがないだろうか?
    「明るい家族計画」と書かれた自動販売機。
    ずばりコンドームの自販機だが、よく薬局の壁にくっついていたりする。
    コンビニで24時間、コンドームが買える時代にも関わらず、
    しぶとく、根強く消えないでいるのは、きっと需要があるせいなのだろうが、
    僕はあの自販機でコンドームを買っている人、ならびに買った人というのを知らない。見たこともない。
    果たしているのかなぁと思うけど、自販機が健在ということは、
    すなわち需要があるわけで、あれで買っている人がいるということである。
    どういう理由で自販機を選んでいるのか、聞いてみたい気がしないでもない。
     
    思春期の男というのは、たいていがバカである。
    特にガリベンからスポーツマンまで幅広く見ても、スケベ方面に関しては、一様である。
    悶々たる時代であるが故、様々な情報が錯綜し、
    「男性たるものコンドームは常備すべし」などという訳のわからん情報が常識として飛び交っていたりする。
    確かに当時は僕も、
    「そうか、男は常に持っておくのか。なるほど。でも…なんで?」
    と思ったものである。若干、疑問を抱いたのは、若干、わかっていたからである。
    男子校だった時期、こういう情報は本当に錯綜していた。
    しかし肝心なところ、つまり本当のことを誰も知らないため、
    かえってトンチンカンな予備知識を身につけちゃったり、
    実際に彼女に試そうとして思い切りひっぱたかれたりしちゃった奴もいた。
     
    ちなみに当時、僕の先輩もご他聞に漏れず、コンドーム常備派だったのだが、
    やはりこの先輩というのは、何か勘違いしていたのだろう。
    もしくは…アオカン好きかのどっちかである。
    前者…だと思う。
    マルメンの空き箱を折りたたんで、コンドームを入れていた。
    「お前も持っとけよー。」
    と言われても、彼女がいない僕は全くしっくりこなかった。
    一度、思い切って聞いたことがある。すると先輩は少し斜に構えながら、
    「お前にはわかんないだろうけど、いざって時のためだよ。」
    と、言った。
    未だにいざってときがわからんのだけど、ありゃやっぱり勘違いなんだろうなぁ。そう思いたい。
     
    で、まぁ僕にも少し遅めの春がやってまいったわけである。
    そしてついにやってきたのである。コンドーム買う日が。
    このコンドームをはじめて買うという時の心境というのは、
    はじめて工口本を買うときの心境に似ている気がする。
    なんというか、自意識過剰な年頃であるし、輪をかけた自意識過剰な性格のせいか、店員に、
    「あ~これからすんの?真昼間からお盛んなこって。」
    などということを思われてしまうような感じがしてしまったのだ。
    実際、その通りだから余計に意識してしまうのだけど。
    しかもコンドームというのは品揃えがけっこうある。
    うすうすだの、長持ちだの、メンソールだの。
    おまけに「大きいサイズ」なんてものまである。
    もう自意識過剰な僕は店の中で、
    「うひゃ~自分のポコチンがデカイかどうかなんて知らんよ~わからんよ~。」
    と、全身、真っ赤になってしまった。たぶん、縮んでいたと思う。
    そして結局、僕は当時、交際していた女性に全部、任せた。
    年下の武器「甘え」を使ったのである。
    結果、自らのサイズは不明のまま。何より克服できずというものだった。
    己に負けたわけである。
    薬局の店員からすれば、ただの商品でしかなく、しかもごく当たり前のものだから、
    別にな~んにも気にしないだろうに。
     
    しかし、このファーストコンドームというのは、それなりに苦労してる奴が多いことを後々、知った。
    というか、よく突っ込まれたのは、
    「お前、ホテル以外にどこでやってんの?」
    という素朴な質問である。
    フフフ…実はワタクシ、車の中でやるのが趣味でして…
    というのは真っ赤なウソで、ズバリ、自分の部屋です。はい。
    え?あぁ、実家ですけど、何か?なければ先に進みます。
    コンドームを買うという行為が、いわゆる筆おろしから、けっこう時間を要する人もいる。
    以前、友人と食事をしていたとき、酔った友人が腕相撲を申し込んできた。
    いくら僕が細いとはいえ、ギター弾いたり、恋人を抱っこしてるんである。しかも相手は酔っている。
    負けるわけがないということで、何か賭けて勝負しようとなった。
    友人は「もしオレが勝ったらお前はテーブル席にいるお姉さんを口説いてこい!」をもう少し下品な言葉で言った。
    実は僕、このとき非常に機嫌が悪くて、原因は他でもない、目の前にいる友人のせいなのだけど、
    あまりに無神経なので、少々お灸をすえることにした。
    結果はあっさり僕が勝ち、友人は僕の命令を実行する羽目になった。
    その命令とは、
    「今からレジに女の子がいるコンビニに行って、『僕のフニャチンにぴったりなゴムはどれですか~』と聞いて選んでもらえ」
    というものである。我ながら、鬼。
    30分くらい、友人の泣きがはいり、それでも僕は頑として聞き入れず、結果、友人はキレて帰ってしまった。
    おもしろいのは、友人がキレたポイントである。
    まぁ普通の感覚なら、見ず知らずの女性に『僕の~…』などと聞けるわけがないだろうと言うと思うのだが、
    なぜかこの友人、コンビニでコンドームを買うという行為が死ぬほど嫌だったそうな。
    羞恥心というのも人それぞれなのだなぁと思った。
    おそらく世の中には自販機じゃなきゃコンドームは買えないという人もいるのだろうなぁと改めて思う。
     
    でも僕から言わせれば、自販機のコンドームのほうが、いかにもこれからやりますという感じで嫌だな。
    どうせならガチャポンで売ってくれたらいいのになぁと思う。
     
    ガチャガチャ…ポコン…
    「やった!スワロフスキーのレアコンドームだ!やったぜ!これで今夜は満塁ホームランだぜ!」
    「いや~ん♪えっちぃ~☆」
    というバカな光景を見てみたいような気がしないでもない。
    もっとも子どもが間違えてしまったときの対応に困ってしまうだろうが。
     
    「おかあさ~ん、ガチャガチャ買ったら風船ガムが入ってた~。しかもおいしくないよぅ。」
     
    僕の友人で、未だにコンドームを買ったことがない奴がいる。
    理由は健全で、いつもラブホテルを使うから必要ないのだ。
     
    でも高校生の頃、まさか自分がラブホテルに行くなんて想像もしなかったよなぁ。
    しかもそこに常備されてるとは。
     
    僕はよく恋人の買い物に付き合う。
    ドラッグストアなんかで化粧品やなんかを恋人が選んでいるとき、
    手持ち無沙汰な僕は、大抵、コンドームならびにその周辺アイテムを物色している。
    けっこうおもしろいのだ。
    なぜかファッションブランドのものがあったり、
    それこそ絶倫なんてものもある。
    使い道は同じなのに。
     
    あら、気づいたらすっかり朝じゃない。
    寝よう、寝よう。
     
     
    May 05

    よろしぃですかぁ

    今日はこどもの日ということなので、
    中島らもの「こどもの一生」を読むことにした。
    全く関係ないけど。
    ただ、らも翁いわく、
    『夜中にトイレに行けなくなるであろう。」
    とのことだったので、それはそれは恐ろしいお話なのだろうと思い、
    買ってからしばらく寝かせていた。
    そして先ほど、読み終えた。
    読み終えた僕はさっそく、トイレに行ってきた。
     
    はっきり言うと、怖くなかったのだ。
     
    らも翁は「超B級映画」をコンセプトとして、この小説をよくできたB級ホラーだとあとがきで書いている。
    ここだろう、僕が恐怖を覚えないポイントは。
     
    僕はガキの頃、「アウターゾーン」という漫画のファンだった。
    今でもこの漫画は好きだ。
    この漫画の作者である光原伸という人が、B級ホラーの大ファンであった。
    当然、作品の元ネタにもそういうものがあったと思う。
    漫画自体はオムニバス形式なのだが、
    時々、スプラッター系のホラーをベースにすることがあった。
    小学生~中学生にかけての頃である。
    僕は所謂、スプラッター系のホラーに対して免疫がついてしまった。
    得体の知れないクリーチャーよりも、人の心のほうが遥かに恐ろしいことに僕は気づいた。
     
    だからジェイソンよりも切り裂きジャックのほうが怖かったし、
    エイリアンよりもお岩さんのほうが恐ろしかった。
     
    だから「13日の金曜日」なんて映画は全く怖くない。
    いや、実際にいたら怖いですけどね…。
    むしろこんな感じである。
    「いけー!ジェイソン!すすめー!あのブ男の脳天をかち割れー!」
    といった感じである。
    大げさに言えばある種のカタルシスである。
    こういうことを言うと、眉を思いっきりひそめる方がいらっしゃるけれど、
    これは作り手がそういう風に作ってるとしか思えないのだから仕方がない。
    それに、悲しいことに現実でもっと凄惨な事件が起きている。
     
    だから僕は人ほど恐ろしいものはないと思っている。
    結果として、スプラッター系のものに対する恐怖心がないのである。
     
    極まれではあるけれど、B級映画でも、なかなかおもしろいものに出会うことがある。
    だが、おもしろいとは思うけれど、怖いとは思わないのである。
    そしてこれはB級映画のお約束だが、やはりオチが読めてしまう。
    オチが読めた段階で、おもしろさは急激にダウンする。
    怖くもなければ、おもしろくもない。
    つまり、まごうかたなき「駄作」になるわけだ。
     
    で、まぁ中島らものファンとして、やはり期待をする。
    僕は「人体模型の夜」を越えるホラーなのかとドキドキした。
     
    結論から言うと、ホラーではなかった。
    途中からタネに気づいたし、オチも読めた。
     
    所要時間も3時間くらいだった。
     
    らもさん、ひとつよろしいですかぁ?
     
    あんまりおもしろくなかったです…。
     
     
    さて、僕は僕の物語を続けなくちゃ。
    今日のキャッチコピー
    「47は
       よいこのための
             お話です。」
     

    なんでもかんでも

    なにか問題が起きると
    すぐに規制をして、それで解決したつもりになってる日本。
     
    硫化水素を起こす製品も規制するんだろうか。
    すでに暗愚が自殺にみせかけて他人の命を奪おうとしている。
     
    バタフライナイフのように規制するのだろうか。
     
    というか、
     
    こういうことを国レベルで考えなきゃいけない状況のほうが、由々しき事態だ。
     
    なんでもかんでも規制をかけていては、
    見るべきものが見えなくなる。
     
    しかしながら、すでに国家元首は現実を見ていない。
     
    こうなると命を救うのは、身近にいる人。
     
    あなたのそばにいる人を見ていてあげてください。
     
    そしてあなたの近くに潜む悪魔を見抜いてください。
     
    嫌な時代ですね、つくづく。
     
    不殺、不奪。
     
    人の基本です。
    May 02

    HappyMovieDay

    『相棒 劇場版』を恋人と観にいってきた。
    封切初日に映画館へ行ったのは久しぶりだ。
    午前中にでかけて、先にチケットを買ってから元町へ。
    恋人はパンが大好物だから、ウチキパンへ。
    それからいつも行くお店で買い物をした。
    一応、平日だったせいか、人出は日曜なんかと変わらなかった。
    昼食は元町にある蕎麦屋でとったのだけど、
    これがまぁ、香りはしない味もしない量は少ないで、
    ぼったくられた気分。
    ぶつくさ言いつつ、山下公園を散歩。
    空いてるベンチを探すのに少し手間取った。
    空は少しかすんでいたけれど、海風が心地よかった。
    恋人と山下公園に来るのは久しぶりだった。
    2人、タバコを片手にのんびりとした時間を過ごした。
     
    海を右手に見ながら、のんびりと桜木町へ戻った。
    そしてワクワクしながらスクリーンへ。
    きっとこれから観る人がいるだろうから、
    内容には一切、触れないけれど、きっと度肝を抜かれるでしょう。いろんな意味で。
    『相棒』だからこそ描ける話。
    ずっと心地よい緊張感が張り詰めていた。
    見ごたえ十分でした。
    興味のある方は、ぜひご覧あれ。
     
    来月はいよいよインディー・ジョンズが封切だ。
    楽しみだなぁ。
     
    帰ってきてから、録画しておいたジョン・トラヴォルタの『マイケル』を恋人と観た。
    トラヴォルタ主演映画の中でも、僕のお気に入り。
    あったかい気持ちになれる映画だから。
     
    こうして映画で刺激を受けた僕は、
    その刺激を咀嚼して、自分の作品に取り入れていくのである。
     
    追伸
    赤い髪のRockStar、元気ですか?
    僕はなんだかんだ、幸せな日々を過ごしてます。